スキー学校と教師のお部屋へ
おもろい話・いい話・いい加減な話
SKIスキーのいろいろページ
猪苗代スキー場 リフトなどハード面から見た歴史年表(+ナイター)
猪苗代スキー場 リフトとナイターの歴史年表
| |
◇1948(昭和23)年 |
猪苗代スキー場は、県営スキー場として運営が始まった。リフト無し。 |
◇1959(昭和34)年 |
12月 昭和観光開発(株)によりゲレンデとリフト2基(第1A線、2A線)が整備され、レジャースキー場として本格的なオープン。約34ヘクタールのゲレンデと、1,000メートルの第1リフト、800メートルの第2リフトが整備された。 同社のホテル部門として磐梯ロッジもオープン(→後に、ホテルニュー磐梯と改名し、'06で閉館。同時にリフト部門も売却)。 猪苗代スキークラブ合併。12月28日、(株)I.S.K.創立記念日。 |
◇1961(昭和36年)10月 |
県営猪苗代スキー場が国設猪苗代スキー場に指定 昭和36年12月 旧第3リフトのA線が建設される(B線は昭和38年12月)。 ヴィラ・イナワシロがオープン。 |
◇1963(昭和38年)12月 |
11?月 沼尻スキー場が国設に指定(→2008/3/21 経営する株・レイコフは民事再生法を申請。) 12月 スキーリフト4基増設(第3B線、第1B、第1Cリフトと土方判断では第2B線)。第3リフトで、猪苗代最初のナイターを開始。 (町営のナイター整備は昭和54年) (猪苗代スキー場、現在の中央のナイター開始は、1989(平成元年)12月) 12月 エバニュースキー学校が開校か?(三浦敬三、雄一郎) 全国鉄道大会開催(猪苗代)。 |
◇1963(昭和38年)12月 |
旧第3リフトのB線が建設。(A線の建設年月はが昭和36年12月)。 |
◇1965(昭和40)年 |
(土方あきら、この'65シーズンから猪苗代スキー場へ。エバニューSSに所属) |
◇'66シーズン (昭和41年) |
◇存在するリフト状況(すべてシングルリフト(一人乗り)) 第1リフト ABC3基、 第2リフト 1基、 第3リフト AB2基、 第5リフト1基、 詳しくは、 (1965年10月15日発売_【岳人'66のスキー特集】より) 以上、4種類の計7基です('64シーズンと同じ)。資料では、第4リフトと書かれていますが、現・第5リフトです。当時の一時期は第4リフトと呼んでいた。 まだ存在しないリフトは、第4リフト(誕生S.49.1)、第6リフト(誕生S.61.12)、大沢リフト(誕生S.48.12)、町営リフト(誕生S.46年1月)。 チビッ子ゲレンデ(=葉山ゲレンデ)、葉山迂回コース(昭和57年6月着工、12月より供用開始 )、(第2)林間コース、国体コース('74冬季国体向けに数年前に伐採、オープン→H5.11にリフトが建てられミネロスキー場誕生)は、まだ存在しません。 (第6)林間コース新設は'87シーズンから。 ゲレンデ近くの宿泊所は、磐梯ロッジ(昭和34年12月開設)、ヴィラ・イナワシロ(1961年開設)、友愛山荘(1962年開設)の3軒。まだ高原ホテル(1962年?開設)、猪苗代観光ホテル(開設年不明)は存在しません。 |
◇1968(昭和43)年 |
(現・磐梯ひじかたスキースクールが磐梯プロスクールとして、猪苗代に誕生) |
◇1971(昭和46年) |
1月、猪苗代スキー場に町営リフト営業開始(2008現在の葉山第7リフト)。葉山西ゲレンデ(いわゆる町営ゲレンデ)が誕生。 |
◇1973(昭和48年)末 |
翌'74シーズンに、冬季国体用に第4リフト(550m)が新設される。 大沢回転バーンには県営リフト=大沢リフト(400m)。(2007(平成19)年、大沢リフトは廃止。大沢バーンはクローズ。) また町営リフト(800m)がダブル化された。(1971年1月にシングルリフトで営業開始。2008現在の葉山第7リフト)。猪苗代スキー場のリフト総数は計10基になる。 |
◇1974(昭和49年1月) |
第4リフトが建設されて運転開始。 600M(528m) 158 シングルリフト 1基、 輸送量(600人/時) → '11シーズンで運転終了 |
◇1978(昭和53年)12月 |
('78 S52.6 チロリアSSより、磐梯ひじかたSSに校名を変更) ('78 宿舎・事務所も、ヴィラ・イナワシロに移り、ディスコと貸しスキーを経営) |
◇1979(昭和54年) |
町営のナイター整備 (昭和観光開発(株)第3リフトでのナイター開始は、昭和36〜40年までの間のある年。) (ミネロのナイターは、平成5年の開場と同時開始。但し平成14年で終了し、平成20/21シーズンに復活。) (猪苗代スキー場、現在の中央のナイター開始は、1989(平成元年)12月) |
◇1981(昭和56年)11月 | 圧雪車の導入。大原鉄工所製 SRW型ドラム均平方式 1台導入が最初です。 |
◇1982(昭和57年) |
葉山迂回コースが整備、6月着工12月より供用開始 |
◇'85シーズン (昭和60年) |
◇存在するリフト状況(すべてシングルリフト(一人乗り)) 第1リフト ABC3基 1,000m、 第2リフト AB2基 700m、 第3リフト AB2基 500m、 第4リフト 600m、 第5リフト 400m、 大沢リフト 400m、 町営リフト AB2基 700m チビッ子ゲレンデは存在するが、リフトは無し。第5リフトはシングルが1基のみ。 詳しくは、 (1984年11月01日発売_ベースボールマガジン社【全国スキー場ゲレンデ案内】より) |
◇1987(昭和62年)12月 |
昭和62年12月 4人乗り高速リフト「イナワシロハイスピド4」1基増設。 スキー場リフト券共通利用制度の開始。 |
◇1988(昭和63年) |
・第1回目の振り子坂の整備。西側斜面。事業主体は猪苗代スキー場運営協議会です。 (第2回目は平成7年度で、振り子坂東側及び東坂上〜中部を整備) |
◆ 平成年代(1989〜) ◆
| |
◇1989(平成元年) |
箕輪スキー場オープン 12月 ◇1989(平成元年)12月 ・猪苗代スキー場、現在の中央のロングコースナイター開始(振り子坂と葉山迂回コース)。 前年度の振り子坂の改修工事は、このためもあった。 昭和ハイスピード4リフトを使って、振り子坂も、葉山迂回コースも滑れるナイターが開始。 土方が振り子坂の造成、第1リフトを利用するナイター営業開始の提言書を作成しています。 ◇参考:この1989年の猪苗代スキー場、および猪苗代リゾートのリフト料金の明細、写真があります。 ・ 1989年の猪苗代スキー場リフト券 ・ '89年度の猪苗代スキー場関係の物価(の歴年推移) |
◇1990(平成 2年)12月 |
・人工降雪機導入年月は、猪苗代スキー場では昭和観光開発が早く、H.2年に樫山工業製自走式KB911型2台を導入、稼働を開始。
・翌H.3年貯水槽(1,200t)ポンプ室、配管等再整備(迂回コース、第5にも配管) ・H.4年に樫山工業製自走式KB911型3台を追加購入稼働開始。 ・H.5年に振り子坂に固定式降雪機K8703ZT型4基設置稼働開始。 ・ミネロはH.5年の開場と同時進行です。但しH.15年で終了。 |
◇1993(平成 5年) |
猪苗代の降雪は十分。 |
◇93/94 |
ミネロスキー場オープン 1993(平成 5年)11月。'93/94冬より人工降雪機を設置。以降はこの効果もあり、雪不足による悲鳴は止まる ミネロのナイターは、平成5年の開場と同時開始。但し平成14年で終了し、平成20/21シーズンに復活。 (昭和観光開発(株)第3リフトでのナイター開始は、昭和36〜40年までの間のある年。) (町営のナイター整備は、1979(昭和54年)) |
◇1995(平成 7年) |
リフト売上は、前年比6,000万円の減。比率では92%程度。=前年度売上7億5千万円程度か。町営リフト売上は80%、昭和観光リフト売上は90%、ミネロリフト売上は93%程度か。
国体による道路規制などでの影響も少なくない(95/2/月末現在)。 ◇平成7年度 第2回目の振り子坂整備。東側及び東坂上〜中部を整備。事業主体は猪苗代スキー場運営協議会です。 (第1回目の振り子坂の整備は、1988(昭和63年)。西側斜面。) ◇1995(平成 7年)12月 昭和観光開発、町営、ミネロと同時進行で、IDカードシステムのオートゲート導入。 (システム劣化のため2008(H.20)年3月末で終了。) |
◇1997(平成 9年) |
1997シーズン猪苗代のリフト各社の売り上げ=ほぼ -40%と聞いています(1997年2月末現在)。 |
◇1998(平成10年) | 98シーズンのリフト売上は、町営リフトで約3割弱減、ミネロで約4割減、昭和観光のリフトはその間、のようです。 |
◇2003(平成15年) |
03 昭和観光のナイターリフトが3月中旬頃で突然、営業を終了。昼のリフトも3月30日で営業を終了。 |
◇2004(平成16年) |
04ミネロのナイターは今冬、休止。それほど状況は厳しい、ということです。以降は、そのままミネロのナイターは休止。(その後、'09冬に5年ぶりに復活。) 04 昭和観光のナイターリフトも3月27日頃まで、昼のリフトも3月31日で営業を終了。不景気の中、よく最後まで続けてくれたものと感謝です。 |
◇2005(平成17年) |
'05から中央エリア平日ナイター休止のうわさ」もありましたが、例年どおり3月21日までの全日を運行予定。 ちなみに、'05より未就学児のリフト代無料。小学生は、3月1日〜末までリフト代無料。一般のシーズン券は35,000円⇒30,000円と値下げ。 |
◇2006(平成18年) |
ナイターについては、町営と葉山迂回は無くなり、中央ゲレンデのみという淋しい情報もあります。(2005/08時点情報) 昭和観光第3リフトは'06より完全に休止。 |
◇2007(平成19年) |
ちなみに、第1リフトナイターは、'07では夜の9時まで。3月については毎日運行ではなくなり、土日のみ営業で3/18までです。 昭和観光第3リフトは'06より完全に休止。 次'08シーズンに向けて、オリックス系企業「福島スノーアライアンス」が、昭和観光開発からリフトなどの営業譲渡を。町からは、西ゲレンデのリフトほかも、期間10年間で受託決定。 (同社は、2006/12にジェイ・マウンテンズ・グループ(株)に社名変更。 ちなみに2005年8月設立で、猪苗代スキー場の他に、川場リゾート、高鷲スノーパーク、ヘブンスそのはら、ノルン水上スキー場も経営。 ) |
◇2008(平成20年) |
ちなみに、第1リフトナイターは、'08では、金土・休前日は23時まで。かつ、3月15日までは毎日営業。('07では3月については毎日運行ではなくなり、土日のみ営業で3/18まで。) はやま第7リフト(旧町営クワッドリフト)については、学生団体(1団体100人以上)予約時のみ対応 = 一般の通常営業は完全廃止です。または、年末年始のみは一般営業を行ったような気もしますが、不確かです。 '06、'07の2シーズン休止していた昭和観光第3リフトが、撤去され、まったく新しく誕生。 (リフトについては、1959(昭和34)年に昭和観光開発(株)、1971(昭和46年)1月町営リフト営業開、1993(平成 5年)11月ミネロスキー場オープン) ◇2008(平成19年)3月末で、 システム劣化のためIDカードシステムのオートゲート廃止。 (1995(平成 7年)12月、スキー場3社同時進行で、オートゲート導入。) |
◇2009(平成21)年 |
'09ナイター営業は、はやま第1リフトは、12/24〜2/28までの毎日営業(次'10シーズンからは、毎日運転は年末年始のみ)。 3月は不動予定でしたが、シーズンに入り第2週までの金土3/6 7 13 14まで延長。営業時間は16:30から。平日は21時まで、金土・祝祭前日は23時まで。ナイター料金は大人2,000、シニア1,800円。 はやま第7リフト(旧町営クワッドリフト)については、学生団体(1団体100人以上)予約時のみ対応 = 一般の通常営業は完全廃止です。 '04から辞めていたミネロのナイターが、今冬より5年ぶりに復活。12月20日〜3月14日までの土曜日、ほか。営業は16:30〜21:00。大人2,000円、シニア・子ども1,500円。 リフトゲートのIDカード方式は、機械装置の老朽化により先シーズンで廃止。今'09シーズンからはリフト係員の目視チェック、1回券は手渡しシステム。 学生団体レッスンでは、ゼッケンまたは腕章(ホルダー)の2方法。ゼッケンの場合は各団体で用意。腕章の場合はスキー場で用意し無償貸与。但し、この方式は1シーズンで終了。 第8リフト(チビッ子)の運行は、1月から2月の学生団体期間のみで、平日は運行、土日は運休。 |
◇2010(平成22)年 |
結果的に、'08から経営のオリックス系企業「福島スノーアライアンス」(JMG)が猪苗代スキー場経営最後のシーズンになりました。 *中央のナイターの開催日 今'10シーズンから毎日運転ではなくなります。12/24〜1/02は毎日、以降は毎週・金土で、3/13(土)で終了。 はやま第7リフト(旧町営クワッドリフト)については、学生団体(1団体100人以上)予約時のみ対応。先シーズンと同様です。年末年始は通常営業だったような気もしますが? まったく不確かです。 *'10ミネロのナイター営業 12月26日〜3月20日までの土曜日 |
◇2011(平成23)年 |
シーズン突入寸前に、猪苗代スキー場は'08から経営のオリックス系企業「福島スノーアライアンス」から、新オーナー(株)マックアース(ライジングサンホテルグループ)に売却。 (スキー場との一体化をはかるため、ヴィラ・イナワシロもホテルの運営を委託。12月 1日より新会社) ★日本列島を襲った3.11大震災。猪苗代ではリフト被害はなく、翌日から2日ほど営業。その後は東北地方のほとんどのスキー場と同様に、営業終了。 もっとも古いシングルリフトの第4リフトは、将来的には建て替え希望の話も。(しかし、'12シーズンには運休の上、第4リフトは案内からも消えています。) '11ナイター営業は、はやま第1リフトについては、ほぼ先シーズンと同様? はやま第7リフト(旧町営クワッドリフト)については、学生団体(1団体100人以上)予約時のみ対応。先シーズンと同様です。年末年始は通常営業だったような記憶も? ミネロのナイターは、先シーズンとほぼ同じように記憶。(12月20日〜3月14日までの土曜日、ほか。という辺り?) |
◇2012(平成24)年 |
今シーズンに入る前に、(新菱冷熱経営の)ミネロを猪苗代中央が吸収。猪苗代スキー場は完全合体化。旧社名・福島スノーアライアンスから、(株)マックアースリゾート福島に変更。 ◇ 平成23年9月末、 猪苗代スキー場ミネロは、運営を「株式会社マックアースリゾート福島」に承継し、今後は猪苗代スキー場の事業を一本化。分かり易くいえば、猪苗代スキー場はすべて(株)マックアースリゾート福島の経営下になったということです。 ◇'12シーズン はやま第1リフト、第2リフト、第3リフト、第5リフト、第7リフト、 ミネロ第1リフト、第3リフト、第4リフト、 以上のリフト総数は8種類の計8〜9基。はやま第2リフトは2基とも搬機は付いていたが、内1基は運転しなかったのではないだろうか? ミネロ第1リフト(1250m)は、 8:30〜16:30(土日祝日・年末年始営業) 。即ち平日は、センターハウスも、ゲレンデ正面にあるミネロ第1リフトも運営取りやめです。 ミネロ第2リフトは、が案内から消えています。ちなみに近年は、このリフトが動いているのを見た記憶はありません。 ミネロのナイターは案内から消えています。('04から休止、'09より5年ぶりに復活。'12からは休止ではなく廃止?) また猪苗代中央でも、第4リフト、第6リフト、第8リフトが案内から消えています。第4リフト、第6リフトには搬機も付いていません。第8リフトには搬機は付いています(2012.2.03のみ1日営業)。 はやま第5リフト(372m)は、 9:00〜16:00(土日祝日・年末年始営業)。即ち平日は、運休です。但し予想以上に賑わい、2月下旬〜3月上旬は平日も多く運転。 ★ナイター ミネロのナイターは案内から消えています。('04から休止、'09より5年ぶりに復活。'12からは休止ではなく廃止?) 中央のナイターは、年末年始と各水曜、金土のみで、2月末まででしょうか、それとも3月某日まででしょうか?(2012.1.13現在もなお公式HPのナイターページは工事中のままのため、不明です。) 各水曜日のナイター営業は、地元のスポ少、またはジュニアレーサーのためと聞いています。善いことです。ならびに有り難いことです。 |
◇2014(平成26)年 |
この数シーズン閉じていた大沢回転バーンが、久々の再オープン。リフトは廃止されたままだが、深雪ファンには朗報。 ★リフトの名称変更など 中央ゲレンデでは'14以降は、第1、2(旧町営第1)、3、4(旧第6ロマンス)リフトの4線のみ運行。 旧町営第1リフト(はやま第7リフト)が第2リフトになり、それまでの第2リフト(お馬返しと天の庭ゲレンデ沿い)が廃止。 第6ロマンスリフト(お馬返しと天の庭ゲレンデ沿い)が第4リフトになる。 かなり長い間休止していたミネロ第2リフト(500m)が、'14〜土日運行。(当HP管理人は'14パンフレットで知ったが、もしかしたら'13〜の可能性なしとは言えない) |
◆'66シーズンの猪苗代スキー場の姿
(1965年10月15日発売_【岳人'66のスキー特集】より) |
◇存在するリフト状況(すべてシングルリフト(一人乗り)) 第1リフト ABC3基、 第2リフト 1基、 第3リフト AB2基、 第5リフト1基、 以上、4種類の計7基です('64シーズンと同じ)。資料では、第4リフトと書かれていますが、現・第5リフトです。当時の一時期は第4リフトと呼んでいた。 まだ存在しないリフトは、第4リフト(誕生S.49.1)、第6リフト(誕生S.61.12)、大沢リフト(誕生S.48.12)、町営リフト(誕生S.46年1月)。 チビッ子ゲレンデ(=葉山ゲレンデ)、葉山迂回コース(昭和57年6月着工、12月より供用開始 )、(第2)林間コース、国体コース('74冬季国体向けに数年前に伐採、オープン→H5.11にリフトが建てられミネロスキー場誕生)は、まだ存在しません。 (第6)林間コース新設は'87シーズンから。 ゲレンデ近くの宿泊所は、磐梯ロッジ(昭和34年12月開設)、ヴィラ・イナワシロ(1961年開設)、友愛山荘(1962年開設)の3軒。まだ高原ホテル(1962年?開設)、猪苗代観光ホテル(開設年不明)は存在しません。 |
◆'85シーズンの猪苗代スキー場の姿
1984年11月01日発売_ベースボールマガジン社【全国スキー場ゲレンデ案内】より) |
◇存在するリフト状況(すべてシングルリフト(一人乗り)) 第1リフト ABC3基 1,000m、 第2リフト AB2基 700m、 第3リフト AB2基 500m、 第4リフト 600m、 第5リフト 400m、 大沢リフト 400m、 町営リフト AB2基 700m チビッ子ゲレンデは存在するが、リフトは無し。第5リフトはシングルが1基のみ。 (1984年11月01日発売_ベースボールマガジン社【全国スキー場ゲレンデ案内】より) 第6リフト(誕生S.61.12)の誕生は翌々'87シーズンのことである。 |
へ
スキーの歴史menuへ
スキー学校と教師のお部屋へ
SKIスキーのいろいろページ