世界と日本のスキー歴史館・歴史・年表・年譜
福島県・猪苗代スキー場関係の歴史、料金・価格の歴年推移

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猪苗代スキー場のハード別・歴史年表(リフトや施設、宿など)

リフト  リフト総数  ナイターの開始  地形変更・新コース  人工降雪機  圧雪車ほか  ホテル・建物 
リフト
中央ゲレンデでは'14以降は、第1、2(旧町営第1)、3、4(旧第6)リフトの4線のみ運行
名称長さ(斜め実長)高低差(m)
標高
乗車人数 輸送量(人/時)運輸開始(年 月)廃止
旧 第1リフトA1000M(899m)208シングルリフト 514人?開始 S.34.12廃止
旧 第1リフトB
旧 第1リフトC
1000M(899m)208シングルリフト 2基 514人開始 S.38.12廃止
はやま第1クワッドリフト
(イナワシロハイスヒード4)
1000M(889m)216
起点 715m 
終点 925m
4人乗り超高速 2,400人
速度4.0m/秒
搬器数=82
開始 S.62.12 
旧 第2リフトA線想像850m超200m超?シングルリフト 514人?開始 S.34.12廃止
旧 第2リフトB想像850m超200m超?シングルリフト 514人?開始 S.38.1廃止
旧 第2リフト
('13迄の呼称)
750M(726m) 197
起点 920m
終点1110m
ペアリフト(Tパラ) 2基 1,200人
速度4.0m/秒
開始 H.6.12'14廃止('13休止)
旧 第3Aリフト500M(428m)69シングルリフト 1基 514人開始 S.36.12廃止
旧 第3Bリフト500M(428m)69シングルリフト 1基 514人開始 S.38.12廃止
はやま第3ファミリーリフト494m想像74
起点 710m
終点 780m
ペアリフト 1基 1,200人
速度2.0m/秒
開始 2007/12 
第4リフト600M(528m)158
起点1085m
終点1240m
シングルリフト 1基 600人開始 S.49.1
('74冬季国体向け)
'14廃止('12〜休止)
旧 第5リフト400M(371m)ほど67ほどシングルリフト 1基  開始 昭和39以前だが不明
'64には営業。1回40円
廃止
第5ロマンスリフト400M(371m)67
起点 935m
終点1000m
ペアリフト 1基 1,200人
速度2.0m/秒
開始 H.3.12'12週末運転('13〜休止)
旧 第6ロマンスリフト
→'14改名→
はやま第4パノラマリフト
1000M(923m)227
起点 915m
終点1140m
ペアリフト 1基 1,200人
速度2.0m/秒
開始 S.61.12'12休止
大沢リフト400M(375m)135
起点 790m
終点 920m
シングルリフト 1基 600人開始 S.48.12
('74冬季国体向け)
廃止は平成19年
(2007)春
旧 町営 第1リフト(653m)想像115mシングルリフト 1基 600人?開始 S.46年1月S.48年4月以降廃止
旧 町営 第1リフト(653m?)想像115mダブルリフト 1基 1,200人?開始 S.48年12月廃止
はやま第7リフト
(新 町営 第1リフト)
→'14改名→
はやま第2初心者リフト
(652m)約115m?
起点 690m
終点 805m
4人乗りリフト 1基 2,400人
速度4.0m/秒
搬器数=60
開始 S.51.12
'95以降の可能性大
 
はやま第8ちびっこ
(町営 ちびっこリフト)
(509m)約90m?
起点 700m
終点 790m
ペアリフト 1基 1,200以人
速度2.0m/秒
開始 H.
('79無し '85は存在)
'12〜休止
(2012/2/03のみ営業)
じぇー・じぇーベルト75m想像10m弱?1基
開始 2008/12
(または2007/12)
数年で撤去
ミネロ・リフト
ミネロ第1リフト1,250m約 270m?
起点 710m
終点 980m
クワッド 2,400人?
速度4.0m/秒
開始 H5.11 
ミネロ第2リフトA
ミネロ第2リフトB
500m約 90m?
起点 710m
終点 800m
ペア 1,200人×2
速度2.0m/秒
開始 H5.11長い間休止
'14〜土日運行
ミネロ第3リフト750m約 240m?
起点 770m
終点1010m
ペア 1,200人
速度2.0m/秒
搬器数=107
開始 H5.11 
ミネロ第4リフト600m(576m)約 250m?
起点1000m
終点1250m
ペア 1,200人
速度2.0m/秒
開始 H5.11 

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◆年度別リフト総数(種類・基数)

リフト  リフト総数  ナイターの開始  地形変更・新コース  人工降雪機  圧雪車ほか  ホテル・建物 

◇'64シーズン(昭和39年)
 存在するリフト状況(すべてシングルリフト(一人乗り))
 第1リフト ABC3基、 第2リフト 1基、 第3リフト AB2基、 第5リフト1基、
詳しくは、 (昭和38年/1963年12月 1日発売_【朋文堂'64 スキー (Vol 31) P-61】磐梯ロッジの広告より)
 以上、4種類の計7基です。資料では、第4リフトと書かれていますが、現・第5リフトです。当時の一時期は第4リフトと呼んでいた。
 まだ存在しないリフトは、第4リフト(誕生S.49.1)、第6リフト(誕生S.61.12)、大沢リフト(誕生S.48.12)、町営リフト(誕生S.46年1月)。

◇'66シーズン(昭和41年)
 存在するリフト状況(すべてシングルリフト(一人乗り))
 第1リフト ABC3基、 第2リフト 1基、 第3リフト AB2基、 第5リフト1基、
詳しくは、 (1965年10月15日発売_【岳人'66のスキー特集】より
 以上、4種類の計7基です('64シーズンと同じ)。資料では、第4リフトと書かれていますが、現・第5リフトです。当時の一時期は第4リフトと呼んでいた。
 まだ存在しないリフトは、第4リフト(誕生S.49.1)、第6リフト(誕生S.61.12)、大沢リフト(誕生S.48.12)、町営リフト(誕生S.46年1月)。

◇1971(昭和46年)1月、町営リフト営業開始(2008現在の葉山第7リフト)。これで葉山西ゲレンデ(いわゆる町営ゲレンデ)が、リフト付きコースに変身。
※ この結果、1971(S.46)シーズンには、猪苗代スキー場のリフト総数は5種類の計8基になる。

※ 1974(S.49)シーズン2月には、冬季国体スキーが猪苗代で開催。国体コース(全長2.5km、平均18.5度、標高差630m)へのアプローチ向けも兼ねて、第4リフト(開始 S.49.1)、県営・大沢リフト(開始 S.48.12)が運行。
 併せて74(S.49)シーズンには、町営リフト(現・はやま第7リフト)がダブル化(シングルリフトで2基)された。猪苗代スキー場のリフト総数は7種類の計10基になる。

   注: 県営・大沢リフトは、国体スキーに備えて73シーズンに建設された(開始 S.48.12)。1974(昭和49年)2月に第29回国民体育大会スキー競技会開催(猪苗代)。
 その後、大沢リフトは、平成2年に福島県より猪苗代町に移管。平成6年(1994)12月により昭和観光開発(株)へ譲渡。廃止は平成19年(2007)の春、シーズン終了後に大沢リフトは廃止。大沢バーンはクローズした。

◇'85シーズン(昭和60年)
 存在するリフト状況(すべてシングルリフト(一人乗り))
 第1リフト ABC3基 1,000m、 第2リフト AB2基 700m、 第3リフト AB2基 500m、 第4リフト 600m、 第5リフト 400m、 大沢リフト 400m、 町営リフト AB2基 700m
 リフト総数は7種類の計12基になる。
 チビッ子ゲレンデは存在するが、リフトは無し。第5リフトはシングルが1基のみ。
詳しくは、 (1984年11月01日発売_ベースボールマガジン社【全国スキー場ゲレンデ案内】より
◇'198?シーズン(昭和5?年)
 はやま第8ちびっこ(町営 ちびっこリフト) (509m) ペアリフト 1基の誕生年度は不明である。
 '79(S.54)には無く、'85(S.60)には存在。即ち'80(S.55)〜'85(S.60)の間に誕生である。

◇'87シーズン(昭和62年)
 S.61.12、第6ロマンスリフト 1000M(923m) ペアリフト 1基が誕生('12休止)。
 これで、猪苗代のすべてのリフトが誕生したことになる。
 リフト総数は9種類の計14基ということになるが、基数については多少不確かである。

◇ 平成23年9月末、
 猪苗代スキー場ミネロは、運営を「株式会社マックアースリゾート福島」に承継し、今後は猪苗代スキー場の事業を一本化。
 分かり易くいえば、猪苗代スキー場はすべてマックアースリゾート福島の経営下になったということです。
◇'12シーズン
 はやま第1リフト、第2リフト、第3リフト、第5リフト、第7リフト、
 ミネロ第1リフト、第3リフト、第4リフト、
   以上のリフト総数は8種類の計8〜9基。はやま第2リフトは2基とも搬機は付いていたが、内1基は運転しなかったのではないだろうか?

 ミネロ第1リフト(1250m)は、 8:30〜16:30(土日祝日・年末年始営業) 。即ち平日は、センターハウスも、ゲレンデ正面にあるミネロ第1リフトも運営取りやめです。
 ミネロ第2リフトは、が案内から消えています。ちなみに近年は、このリフトが動いているのを見た記憶はありません。
 ミネロのナイターは案内から消えています。

 また猪苗代中央でも、第4リフト、第6リフト、第8リフトが案内から消えています。第4リフト、第6リフトには搬機も付いていません。第8リフトには搬機は付いています(2012.2.03のみ1日営業)。
 はやま第5リフト(372m)は、 9:00〜16:00(土日祝日・年末年始営業)。即ち平日は、運休です。但し予想以上に賑わい、2月下旬〜3月上旬は平日も多く運転。
◇'14シーズン
 はやま第1リフト、新第2リフト(旧第7)、第3リフト、新第4リフト(旧第6)
 ミネロ第1リフト、第2リフト('14より土日営業)、第3リフト、第4リフト、
   以上のリフト総数は8種類の計8基

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◆ナイターの開始

◇昭和観光開発(株) ナイター
 昭和38年12月 第3リフト利用。
 平成元年(1989年)12月 ロングコースナイター設備完備(振り子坂および葉山迂回コース)。
◇町営のナイター整備は昭和54年。
◇ミネロのナイターは
 平成5年11月のスキー場開場と同時開始。但し平成14年で終了し、平成21年('09シーズンから復活)。

◇1998/99(平成10/11年)
 町営のナイターは、毎日の営業はこのシーズンが最後。
◇1999/00(平成11/12年)
 町営のナイターは、このシーズンから週末と団体貸し切り日のみの営業。毎日の営業ではなくなった。
◇2003(平成15年)
 03 昭和観光のナイターリフトが3月中旬頃で突然、営業を終了。昼のリフトも3月30日で営業を終了。
◇2004(平成16年)
 04ミネロのナイターは今冬、休止。それほど状況は厳しい、ということです。以降は、そのままミネロのナイターは休止。(その後、'09冬に5年ぶりに復活。)
 04 昭和観光のナイターリフトも3月27日頃まで、昼のリフトも3月31日で営業を終了。不景気の中、よく最後まで続けてくれたものと感謝です。
◇2005(平成17年)
 '05から中央エリア平日ナイター休止のうわさ」もありましたが、例年どおり3月21日までの全日を運行予定。
◇2006(平成18年)
 ナイターについては、町営と葉山迂回は無くなり、中央ゲレンデのみという淋しい情報もあります。(2005/08時点情報)
 昭和観光第3リフトは'06より完全に休止。
◇2007(平成19年)
 ちなみに、第1リフトナイターは、'07では夜の9時まで。かつ3月は土・日のみ営業。
 昭和観光第3リフトは'06より完全に休止。
◇2008(平成20年)
 ちなみに、第1リフトナイターは、'08では、金土・休前日は23時まで。かつ、3月15日までは毎日営業。
 はやま第7リフト(旧町営クワッドリフト)については、学生団体(1団体100人以上)予約時のみ対応 = 一般の通常営業は完全廃止です。または、年末年始のみは一般営業を行ったような気もしますが、不確かです。
◇2009(平成21)年
 '09ナイター営業は、はやま第1リフトは、12/24〜2/28までの営業。シーズンに入り第2週までの金土3/6 7 13 14まで延長。営業時間は16:30から。平日は21時まで、金土・祝祭前日は23時まで。ナイター料金は大人2,000、シニア1,800円。
 はやま第7リフト(旧町営クワッドリフト)については、学生団体(1団体100人以上)予約時のみ対応 = 一般の通常営業は完全廃止です。
 ----------------------------------------------------------------------
 '04から辞めていたミネロのナイターが、今冬'09より5年ぶりに復活。12月20日〜3月14日までの土曜日、ほか。営業は16:30〜21:00。大人2,000円、シニア・子ども1,500円。
◇2012(平成24)年
 ミネロのナイターが、'12は廃止。もしかしたら、前シーズン辺りからだったかも?

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◆大きな地形変更・新コース開拓

◇1959(昭和34)年 12月
 昭和観光開発(株)によりレジャースキー場として本格的なオープン。約34ヘクタールのゲレンデと、1,000メートルの第1リフト、800メートルの第2リフトが整備された。
◇大沢コース(大沢回転バーン) 推測1961年よりも以前
 もしかしたら、昭和観光開発(株)がリフト建設をした1959(昭和34)年 12月よりも以前に、大沢回転バーンはコースとして切り開かれていた可能性も大きい、と管理人は想像する。
 当サイト管理人が初めて猪苗代スキー場に来たのが、'64(S39)シーズン。その時既に大沢斜面は伐採された状態で存在。第一リフト終点から大沢コースに入り、滑り降りると林道経由で第一リフト乗り場に戻り、この繰り返し。
 それ以前に開催されたアルペンレースでは、大沢を滑り、そのまま沢スジを滑り、土津神社付近でゴールという試合もあったと聞いている。
 また【開業間もない頃(ほぼ1961年)の猪苗代スキー場】と思われる写真では、すでに大沢コース自体は伐採され、存在している。
 ちなみにここに、長さ400M(375m)の大沢リフトが付いたのは、 S.48.12('74冬季国体向け)。 廃止は平成19年(2007)春。
◇天の庭コース(第4リフト沿い) 推測'68シーズンから
 【1961年以降、かつ'74よりも数年前】と推定していたが、記念誌【I.S.K.30年の歩み】の中の営業日誌に【S42.11.5 天の庭伐採】が正式に記載されている。
 第4リフト 600M(528m) シングルリフトの開始 S.49.1。'74冬季国体向けに建てられ、'12休止。
 確かに、【開業間もない頃(ほぼ1961年)の猪苗代スキー場】と思われる写真では、断言は出来ないが、このコースはまだ切り開かれていないように見える。
◇国体コース  昭和49-α年(1974-α年)
 '74冬季国体向けにて、その数年前にコース伐採、オープンのはず。(H5.11にリフトが建てられ、ミネロスキー場が誕生)
 '66シーズン(昭和41)時点では、まだコース伐採はされていません。当時の案内図にはまだ登場していません。
詳しくは、 (1965年10月15日発売_【岳人'66のスキー特集】より
◇西ゲレンデ整備  昭和56年11月26日、26名。
 記念誌【I.S.K.30年の歩み】の中の営業日誌より。
◇葉山迂回コース  昭和57年6月着工、12月より供用開始
 昭和57年6月着工、12月より葉山迂回コースが整備され供用開始。事業主体は猪苗代スキー場運営協議会
 (記念誌【I.S.K.30年の歩み】の中の営業日誌には、)S58.5.20 ニュー葉山コース拡張調査、S58.8 葉山ニューコース現場営林署、S59.6.26 葉山コース検査、がある。
◇チビッ子ゲレンデ  推測'67〜'84の間。可能性として昭和57年6月〜12月
 '85シーズン(昭和60年)には、チビッ子ゲレンデは存在するが、リフトは無し。'66シーズンでは存在しないので、それ以降である。管理人の推測では、【昭和57年6月着工、12月より葉山迂回コースが整備され供用開始】と併せて、チビッ子ゲレンデとしてコース伐採されたのではないだろうか。
詳しくは、 (1984年11月01日発売_ベースボールマガジン社【全国スキー場ゲレンデ案内】より
◇林間コースA(コースとしては第6リフト沿い、下から見て左側) 推測'66(S.41)以降〜'77以前
 最初の第2リフト終点は、現在の第2リフト終点よりも高い位置にあった(現在のパトロール小屋辺りか?)。
 第2リフト終点からコースを右に滑り降り、この林間コースに入る。入り口にも分かりにくく、林間コース内の伐採も粗く、まさに林間コースであった。大体は今の第6リフト林間コースに近いが、終わりは現地点よりも上の方でゲレンデ中央に合流していたような気がする。しかしおぼろげな記憶である。
 あまり人気もなく、滑る人も少なく、いつの間にか自然消滅したのではないだろうか。
 年代推定根拠
  土方あきらが猪苗代に入山('65)してから以降の誕生である。
  かつヴィラ・イナワシロのパンフレット('75〜'77の間のあるシーズン)には、林間コースが存在。従って、推測'66(S.41)以降〜'77以前の間であるが、'69〜'76の間であるような気がする。
◇(現)林間コース(第6リフト沿い、下から見て左側)  S.61.夏〜秋
 第6ロマンスリフト 1000M(923m) ペアリフト  開始 S.61.12('12休止)。これに伴い(第6)林間コース新設。
◇・振り子坂は、2回に渡り整備されている。
   第1回目は昭和63年で、振り子坂の西側斜面
   第2回目は平成7年度で、振り子坂東側及び東坂上〜中部を整備。
 双方とも事業主体は、猪苗代スキー場運営協議会。
◇昭和54年12月 シャンツェ70m級、40m級の誕生。工事面積27,897平方m。以前からあった小さなジャンプ台(40m級?)の造りかえ工事。
平成17年に、このシャンツェは廃止。コースゲレンデへ面積18,124平方m、林地へ復旧8,663平方m。
 ちなみに、猪苗代町公式サイト内に、「1993(平成 5年)猪苗代シャンツェ完成」の記述がある。

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◆人工降雪機

平成2年12月 昭和観光開発が早く、スキー場に人口降雪機を完備。樫山工業製自走式KB911型2台を導入、稼働を開始。
平成4年12月 ふリこ坂に人工降雪機を増設。
ミネロは、H.5年11月の開場と同時進行です。但しH.15年で終了(桧枝岐スキー場?へ売却。余談ながら桧枝岐村は、購入後わりと早くに他のスキー場に転売。)。
町営は、人工降雪機を最後まで持たなかったと記憶。

降雪機施設台帳(平成17年8月現在 *****株式会社)
設備名	仕様		メーカー名		型式	買取年月日		買取り価格	備考
・降雪1号車	・自走式		樫山工業		KB911	H 2.12		15,000,000円	買取
・降雪2号幸	・自走式		樫山工業		KB911	H 2.12		15,000,000円	買取
・降雪3号車	・自走式		樫山工業		KB911	H 4.7		18,130,000円	リース対応
・降雪4号車	・自走式		樫山工業		KB911	H 4.7		18,130,000円	リース対応
・降雪5号車	・自走式		樫山工業		KB911	H 4.7		18,130,000円	リース対応
・降雪1号機	・固定式		樫山工業		KB703ZT	H 5.7		16,616,000円	リース対応
・降雪2号機	・固定式		樫山工業		KB704ZT	H 5.7		16,616,000円	リース対応
・降雪3号機	・固定式		樫山工業		KB705ZT	H 5.7		16,616,000円	リース対応
・降雪4号機	・固定式		樫山工業		KB706ZT	H 5.7		16,616,000円	リース対応
 (人工降雪機は1機2千万円弱、圧雪車は1台3千万円前後。こういう費用をかけて雪を創り、保守してくれているのですから、スキー場関係者としては感謝を忘れてはいけません。)

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◆圧雪車 / オートゲート

◆圧雪車
・昭和56年11月〜大原鉄工所製 SRW型ドラム均平方式 1台導入が昭和観光開発(株)の最初です。

ミネロは、H.5年11月の開場と同時進行で圧雪車を持た、と記憶。
町営の所有初年度は、不明。

ゲレンデ整備車及び施設台帳(平成17年8月現在 *****株式会社)
番号 	設備名 	メーカー名 	型式 	車体番号 	買取年月日 	買取り価格 	備考 
1 	圧雪1号車 	大原鉄工所 	SRH370 V 	3028 	H 9.12 	35,418,000円 	リース対応 
   	圧雪2号車 	大原鉄工所 	SRH240 V 	1317 	H 5.12 	29,230,000円 	リース対応 
   圧雪4号車 大原鉄工所 SRH370 5017 H10,12 21,000,000円 買取    圧雪5号車 大原鉄工所 SRH370 U 1153 H 6.12 34,850,000円 リース対応 2 ハーフパイプデザイナー H17.4 9,975,000 買取 圧雪2号車に装着 3 格納庫 1 第1リフト乗場下    格納庫  2 S56.11 第3リフト乗場下    格納庫  3 第1クワツドリフト山頂建屋内       現況格納庫3箇所については機種の大型化に伴い使用不可

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◆オートゲート
 平成7年12月 全リフトにIDカードシステムのオートゲートを導入。
 ・昭和観光開発、町営、ミネロと同時進行スタート。
 ・システム劣化のため平成20年3月末で終了。
  (樫山?製の機器のリース期限終了によるとのこと。)
  以降は係員による目視システムになっている。

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◆ホテルほか建物


昭和34年12月 宿泊施設「磐梯ロッジ」(とスキーリフト2基(第1、2))を新設し営業開始。(昭和観光開発(株)
昭和36年12月 ゲレンデレストラン「赤べこ」「ヨーデル」(70席)を新設。(昭和観光開発(株))
昭和46年12月 磐梯ロッジ2階をレストラン「エコー」(150席)新設。(昭和観光開発(株))
昭和48年12月 レストラン「赤べこ」増改築(300席)。(昭和観光開発(株)
昭和53年12月 宿泊施設「磐梯ロッジ」を増改築、「ホテルニュー磐梯」と名称変更。(昭和観光開発(株)
昭和58年12月 宿泊施設「ホテルニュー磐梯」を増築(客室38室 定員250名、団体300名)。(昭和観光開発(株)
昭和60年(12月?) 町営レストハウス(通称・町営食堂)改装。(猪苗代町)

昭和34年12月28日 猪苗代スキークラブ合併、(株)I.S.K.創立記念日(会社設立登記日、発起人12人)。
 中央ゲレンデ入り口左手にそびえるレストランI.S.K.は、その主事業。少なくとも一度の増改築のあったことは記憶している。
1961(昭和36年) ヴィラ・イナワシロがオープン。
 その後2度の大きな増築を行い、客室数 87室、収容・一般団体 450名の大きなホテルになる。
 ホテル内レストラン「1961」の名前は、ヴィラ・イナワシロ設立年度の1961年からきている。
1962(昭和37)年 磐梯高原ホテルが4月に設立(→2007/ 5自己破産、負債総額は9億1300万円。)
 S54.12.3 磐梯高原ホテル新館落成祝賀会。
100
1962 磐梯友愛山荘開設(1962開設〜1992閉鎖)。
 故鳩山一郎氏(元内閣総理大臣)の唱えた「友愛」を基調に、次代を創る青年の育成を目的として創設された友愛山荘の1つ。

◇スキーセンター S49.1.24開所式
 記念誌【I.S.K.30年の歩み】の中の営業日誌に記載されている。
 現在の【幸陽の杜】の前身の建物だろう。
* 猪苗代観光ホテル  誕生年度は不明。なお第4リフト(誕生S.49.1)の載っているパンフレットには存在しないので、それ以降である。
 初めに本館(宿泊人数270名)を作り、その後にはやま館(230名)を増築。

* (営林署?)猪苗代山の家  誕生年度は不明だが、
 町営の西ゲレンデ誕生の1971(昭和46年)。'75-77の間のあるシーズンのヴィラ・イナワシロ・パンフレットには存在する。即ち71-77の間の設立となる。
 小さな山小屋風の建物で、営林署?またはその関係による経営。林野庁の採算合理化が叫ばれた1990年代初めに閉鎖。その後、1995(平成 7年)ふくしま国体スキーのために猪苗代町が無償かそれに近い金額で落札、その後はスキー場組合員の合同駐車場として使われ、2000年頃には老朽化した建物の撤去と更地化を条件にヴィラ・イナワシロが取得し、従業員用の駐車場になる。
* レストラン山翠猪苗代  誕生年度は不明。
 当然だが、町営の西ゲレンデ誕生の1971(昭和46年)以降のハズ。'75-77の間のあるシーズンのヴィラ・イナワシロ・パンフレットには存在する。即ち71-77の間の設立となる。
 林野庁関係による経営だったが、'08シーズンからは福島スノーアライアンスに経営を移譲。以降は年末年始と土日のみ営業?となっている(2008/4現在)。

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