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猪苗代スキー場の歴史年表

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猪苗代スキー場(と周辺)の歴史年表

猪苗代スキー場(と周辺)の歴史年表
◇1920(大正9)年
 早稲田大学スキー部沼尻合宿
◇1923(大正12)年
 第1回福島県大会(猪苗代スリアゲ原)
 競技は1km、4km、500m の3種目。沼尻にジャンプ台完成
◇1924(大正13)年
第2回福島県大会(沼尻)
  ◆ 昭和年代(1926〜1988) ◆
◇1928(昭和 3)年
 岳温泉スキー場開く
◇1929(昭和 4)年
 第1回全国中学校大会、沼尻にて開催
◇1930(昭和 5)年
第2回全国中学校大会(沼尻)
 第1回県中学校大会(猪苗代)
◇1948(昭和23)年
 猪苗代スキー場は、県営スキー場として運営が始まった。リフト無し。
 (リフト設置については、1959(昭和34)年12月に昭和観光開発(株)、1971(昭和46年)1月に町営リフト営業開、1993(平成 5年)11月にミネロスキー場オープン)
◇1953(昭和28)年
 全日本指導員検定会(猪苗代)。福島県より2名が合格
◇1954(昭和29)年
 第3回全国高校大会開催(猪苗代)
 第1回県中学校大会開催(沼尻)
   宿舎不足で、民泊を実施し喜ばれた、とある。
◇1959(昭和34)年
12月
 昭和観光開発(株)によりゲレンデとリフト2基(第1A線、2A線)が整備され、レジャースキー場として本格的なオープン。
 同社のホテル部門として磐梯ロッジもオープン(→後に、ホテルニュー磐梯と改名し、'06で閉館。同時にリフト部門も売却)。
 猪苗代スキークラブ合併。12月28日、(株)I.S.K.創立記念日。
◇1960(昭和35)年
 トニー・ザイラー(1956年の第7回コルチナ五輪のアルペン三冠王)が猪苗代へ(2?月16日。映画ロケ班隊と一緒に。銀嶺の王者(ザイラー主演、鰐淵晴子、松竹)の撮影隊の可能性大?)
 オリンピック選手団、全種目猪苗代にて合宿。(第8回冬季オリンピック、スコーバレー(アメリカ))
◇1961(昭和36年)10月
 県営猪苗代スキー場が国設猪苗代スキー場に指定
 ヴィラ・イナワシロがオープン。(→(株)マックアースが'11〜委託運営、'14〜経営。)
◇1962(昭和37)年
 猪苗代スキー学校(SAJ)が開校
 磐梯高原ホテルが4月に設立(→2007/ 5自己破産、負債総額は9億1300万円。)
 JIC友の会(猪苗代友の会)発足。
◇1963(昭和38年)
 11?月 沼尻スキー場が国設に指定(→2008/3/21 経営する株・レイコフは民事再生法を申請。)
 12月 スキーリフト4基増設(第3B線、第1B、第1Cリフトと土方判断では第2B線)。第3リフトで、猪苗代最初のナイターを開始。
 12月 エバニュースキー学校が開校か?(三浦敬三、雄一郎)
 全国鉄道大会開催(猪苗代)。
◇1964(昭和39)年
 第13 回全国高校スキー大会開催(猪苗代)
 昭和観光開発(株)の招聘により、スタイン・エレクセン(ノルウェー。1952年オスロ冬季五輪の大回転の金メダリスト)猪苗代スキー場へ(福島県スキー史(福島県スキー連盟)より)。
◇1965(昭和40)年
 第1回毎日杯スラローム大会(猪苗代)
 (土方あきら、この'65シーズンから猪苗代スキー場へ。エバニューSSに所属)
◇1966(昭和40)年
 (1963?オープンの)三浦スノードルフィンSS(またはエバニューSS)は、雪不足が原因でこのシーズンを最後に、猪苗代を離れる。
◇1967(昭和42)年
 全日本指導員検定会(岳温泉スキー場)。福島県合格者13名
 全日本公認パトロール検定会(猪苗代)。福島県合格者 9名
◇1968(昭和43)年
 (現・磐梯ひじかたスキースクールが磐梯プロスクールとして、猪苗代に誕生)
◇1970(昭和45年)1月
 第1回ウインターフェスティバル
◇1971(昭和46年)1月
 猪苗代スキー場に町営リフト営業開始(2008現在の葉山第7リフト)。これで葉山西ゲレンデ(いわゆる町営ゲレンデ)が、リフト付きコースに変身。
◇1973(昭和48)年
 第46回全日本大学選手権(猪苗代)。
 国体リハーサル高松宮殿下猪苗代へ 。
◇1974(昭和49年)2月
 第29回国民体育大会スキー競技会開催(猪苗代)。皇太子ご夫妻、高松宮殿下ご臨席
 (第23回全国高校大会で猪苗代高校男女ともに2位。開催地は青森県大鰐町?)
◇1977(昭和52)年
 第50回全日本大学選手権、全国鉄道大会(猪苗代)開催。福島県連と学連で自主運営。
◇1979(昭和54)年
 第1回全日本ローラースキー大会(猪苗代)
 第1回ヤマハクロスカントリー大会(猪苗代)
◇1980(昭和55)年
 第16回東北中学校大会(猪苗代)
 第1回ヤマハジュニアアルペン大会(猪苗代)
◇1981(昭和56年)12月
 町道猪苗代スキー場線バイパス仮共用開始
◇1982(昭和57)年
 第19回全国中学校大会(猪苗代)
 第18回東北中学校大会(猪苗代)
 第4回東北高校選手権大会(猪苗)
◇1984(昭和59)年
 全日本スキー連盟指導員検定会(岳)。福島県合格者27名
 全日本スキー連盟スキー大学(猪苗代)
◇1985(昭和60年)
  2月、第34 回全国高校スキー大会開催(猪苗代)
 11月、猪苗代リゾートスキー場オープン
 全日本スキー連盟スキー大学(猪苗代)
◇1986(昭和61)年
 全日本スキー連盟スキー大学(猪苗代)
◇1987(昭和62)年
 全日本スキー連盟スキー大学(猪苗代)
◇1988(昭和63)年
 全日本スキー連盟スキー大学(猪苗代)
 全国スキーパトロール技術競技大会(あだたら高原)
  ◆ 平成年代(1989〜) ◆
◇1989(平成元年)
 箕輪スキー場オープン 12月
 中山トンネル、土湯トンネル開通
◇1990(平成 2)年
 全日本スキー連盟スキー大学(猪苗代)
◇1991(平成 3)年
 全日本スキー連盟指導員検定会(あだだら高原)。福島県合格者19名
 磐越自動車道、磐梯熱海−猪苗代間開通
◇1993(平成 5年)  猪苗代の降雪は十分。
 猪苗代シャンツェ完成 (昭和54年12月 シャンツェ70m級、40m級の誕生。1979年から既にジャンプ台は有ったので、1993年のこの意味は不明。そう言えば、リニューアル時に元SAJ理事の伊黒さんが設計料でどうの、、という話を、他から聞いた記憶があります。このリニューアルのことかも?)
 11月 ミネロスキー場オープン。'93/94冬より人工降雪機を設置。以降はこの効果もあり、雪不足による悲鳴は止まる。
◇1994(平成 6年)
 1月 全日本学生スキー選手権大会開催(猪苗代)。
◇1995(平成 7年)2月
 第50回ふくしま国体スキー競技会開催(猪苗代)。皇太子殿下ご夫妻ご臨席
◇1995(平成 7年)12月
 昭和観光開発、町営、ミネロと同時進行で、IDカードシステムのオートゲート導入。
 (システム劣化のため2008(H.20)年3月末で終了。)
◇1997(平成 9)年
 全日本スキー連盟指導員検定会(アルツ)。福島県合格者38名
◇2000(平成12)年
 全日本スキー連盟スキー大学(アルツ)
◇2001(平成13 )年
 2001フリースタイルワールドカップ猪苗代大会(リステル)
 4月より昭和観光開発(株)がホテル部門(ホテルニュー磐梯=旧・磐梯ロッジ1959オープン)からの撤退決定し、同社は第1〜6リフトを運営する索道事業会社になる。
  (但し、'02〜2006秋?の間はコアラの村井正太郎さんが委託経営。→'07は単なる事務所)
 (この年の4月から猫魔ホテルも、数シーズン休館→2004年 6月30日再開)
◇2002(平成14 )年
 2002フリースタイルワールドカップ猪苗代大会(リステル)。
◇2002
 磐梯国際スキー場  小川組が民事再生法申請 (2002/5/1) 、決定(10/16)→'08の3月に「磐梯×2」(ばんだいばんたい)として復活
 アルツ磐梯スキー場  磐梯リゾート開発(株)民事再生法、負債総額946億円(2002年10月)→星野リゾートが再建
 ネコマスキー場  (株)興新産業が特別清算開始申立(2002年9月30日)。負債総額約78億円。→その後もいろいろで複雑。
◇2003(平成15)年
 全日本スキー連盟指導員検定会(あだだら高原)
 全日本スキーマスターズ大会(猪苗代)
 ミノワスキー場  リゾート施設経営、並びに「ホテルプルミエール箕輪」の運営代行もしていた、リゾート施設経営のエスティティコーポレーション、再生法(2003年2月17日)。負債3131億円、借入金重荷に。スキー場などの従業員約百四十人。「シーガイア」(宮崎市)の負債総額に匹敵する大型破たん。→米大手投資ファンド、ローンスターの全面的支援を受けて、来年2月までに一括弁済し、民事再生手続きを完了見込み。
◇2004
 猫魔ホテルは、2001年から閉鎖(休館)されていたが2004年 6月30日再開。 リベレステ・グループが所有して、加森観光が運営。実際に運営するのは、加森観光が3月末に設立した「ネコマリゾート」
◇2005(平成17)年 5月
 現職 ISK10代目社長・松井 喜義さん死去。
◇2006/ 6
 猪苗代スキー場  オリックス系企業・現地法人「福島スノーアライアンス」が、昭和観光開発からリフト、レストランなどの営業譲渡を受けた。町からは、西ゲレンデのリフト、駐車場、食堂も、期間10年間で受託決定。
 同社は2006/12社名変更し、ジェイ・マウンテンズ・グループ(株)。2005年8月設立で猪苗代スキー場の他に、川場リゾート、高鷲スノーパーク、ヘブンスそのはら、ノルン水上スキー場も経営。
 秋? ホテル磐梯(=旧・磐梯ロッジ1959?オープン)は消滅し、'07は単なる事務所、案内所などとして残る。
 それに伴い、'06シーズンをもってニュー磐梯スキースクール(校長・橘 宣安さん)は解散。(設立は'81)
◇ 猪苗代駅〜スキー場間の路線バス
       約20分で340円 運行:会津乗合自動車 TEL0242-62-2231
 ★'06シーズンをもって、この路線バスは廃止になり、以降は無料シャトルバスが運行されています。
◇2007(平成19)年
 全日本スキーマスターズ大会(猪苗代)
 FISフリースタイルスキー世界選手権猪苗代大会
  2007/02/16 スキークロス(猪苗代)。
  2007/02/17 モーグル(リステル)。
  2007/02/18 デュアルモーグル(リステル)。
◇磐梯高原ホテルが破産
 5月18日東京地裁で決定を受け磐梯高原ホテル(小堀博彦代表、昭和37年4月に設立)は自己破産、負債総額は9億1300万円。従業員18人は全員解雇した。昨年12月に差し押さえられ、競売開始が決定していた。
 ピーク時には年間売上高約5億5000万円が、平成18年8月期には2億4500万円に落ち込み。
◇猪苗代スキー場の生みの親であった昭和観光開発(株)は、前年でほぼ撤退し、このシーズン終了後には完全に撤退。

◇ レストラン山翠は、営林署・弘済会での営業が出来なくなり、スノーアライアンス(以下 SA)が肩代わりして営業を行う。
 道路から上は、全てSAが行ないたいような話です。
 山翠でのひじかたSS受付は、許可を得られず、撤退。
◇ 高原ホテルは、未だに買い手も無く、再開のメドはありません。
◇ 町営食堂は改装。
◇ 駐車場は全日無料。ミネロだけでなく、全てが全日無料です。
◇ 第3リフトは、ニュー磐前を基点にして、ペアリフトに架け替え。
◇ 大沢リフトは廃止。大沢バーンはクローズ。中央とミネロ間の連絡はシャトルバスで、お客様が集まれば随時運行です。
◇ 猪苗代、ミネロそれぞれにエリア券を全面的に打ち出し、完全に別スキー場の路線を強めていくのでは? との噂も。
◇ 旧・幸陽の杜は、スキーセンターに変身し稼動します。
◇ 猪苗代町中にある、本格中華の味を楽しめた上海楼が、春頃から閉店。横浜中華街出身の店主の死去による。
◇2008(平成20)年
 '06、'07の2シーズン休止していた昭和観光第3リフトが、撤去され、まったく新しく誕生。
 磐梯ひじかたスキースクールが、1967(昭和42)年秋に猪苗代で誕生してから40年を迎える。感謝あるのみ
 3月、猪苗代スキー場開設60周年記念パーティーをISKで開催。1948(昭和23)年にリフト無しで、県営スキー場として運営が始まった。
(リフトについては、1959(昭和34)年に昭和観光開発(株)、1971(昭和46年)1月町営リフト営業開、1993(平成 5年)11月ミネロスキー場オープン)
◇2009(平成21)年
 FISフリースタイルスキー世界選手権猪苗代大会
 このシーズンよりIDカードによるリフトゲートは廃止(樫山?製の機器のリース期限終了によるとのこと)。昔の券方式に戻る。
◇2010(平成22)年
◇ 2010年10月下旬、突然のようですが、
  (通常の商取引として)猪苗代スキー場(福島県)が売却されました。但し会社名は「福島スノーアライアンス」のままで存続します。
 今までのオーナーだったジェイ・マウンテンズ・グループ株(JMG)は、手持ちのスキー場の一部を売却。(注:同社公式サイトは2011/08/23で更新が止まり、2017/07で消滅し、もしかしたら会社自体も? )
 猪苗代の新オーナーは(株)マックアース
  国境高原スノーパーク(滋賀)、ばんしゅう戸倉スノーパーク(兵庫)、黒姫高原スノーパーク、黒姫高原コスモス園、菅平高原パインビークスキー場を既に持っています。
注:
 ジェイ・マウンテンズ・グループ株(JMG)は、マウンテン・リゾート創造を、、で、2005年に創設。(オリックス系?)
 ヘブンスそのはら(2006/11/01)、ノルン水上スキー場(2006/11/16)、高鷲スノーパーク(2006/12/01)、「ユートピアサイオト」および「アサヒテングストンスキー場」(2007/07/19)、箱館山スキー場(2007/12/07)、ダイナランド(2008/01/10)、ひるがの高原スキー場(2008/03/31)、などのスキー場を持っていた。( )内は取得した年月日。

◇ヴィラ・イナワシロが運営を委託(→'14〜(株)マックアースが買収し経営)
 スキー場との一体化をはかるため、ヴィラ・イナワシロもホテルの運営を委託。2010年12月 1日より新会社になるが、社名、ホテル名は継続し、スタッフ全員が移籍。 社長は交代。前社長の山田慎一さんは、館主。
 新オーナーは(株)マックアースで、「ライジングサンホテルグループ」。

◇第59回全国高等学校スキー大会(インターハイ) 2010年2月4日
 北海道 富良野スキー場 男子ジャイアントスラロームで、井上賢之介選手(福島県・猪苗代高校)優勝。井上裕明さんの息子さんです。
◇2011(平成23)年
◇ 猪苗代スキー場ミネロは、
 平成23年9月末で、運営を「株式会社マックアースリゾート福島」に承継し、今後は猪苗代スキー場の事業を一本化。
 分かり易くいえば、猪苗代スキー場はすべてマックアースリゾート福島の経営下になったということです。
◇ 第48回全国中学校スキー大会 平成23年2月7日〜2月10日
 大会会場:アルペン 猪苗代スキー場ミネロ
     クロスカントリー 猪苗代町クロスカントリースキーコース(町営牧場付近)
◇2012(平成24)年
磐梯ひじかたスキースクールは、2012.3末日で45冬のレッスン活動を終了しました!
 有り難うございました。長い間、お世話になりました。
◇2014(平成26)年
◇ 第63回全国高等学校スキー大会 2014.2.4〜2.8
 猪苗代ではアルペン競技(ミネロゲレンデを使用)とクロスカントリー競技を開催。
 (秋田県鹿角市で、スペシャル・ジャンプ競技とコンバインドジャンプ競技を開催)
 この略歴の中に、福島県スキー史と歴代役員の2つがあり、どちらも詳しく大変に参考になりました。
 このように歴代役員名簿を詳しく作ることで、福島県連を作り、支えてきた大先輩達への敬意を表し、足跡を残すことは、大変に価値あることです。
 これがSAJ、SIAその他の関係組織のHPにおいても、数少ないことは残念なことである。

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