おもろい話・いい話・いい加減な話−スキー場編.2

磐梯国際スキー場 民事再生手続き (2002/10/16)

土方あきらの全身イラスト
スキーのばいぶる
(スキージャーナル)
 地裁会津若松支部は、17日までに猪苗代町の建設会社「小川組」の民事再生手続きの開始を決定した。同社は決定を受け、8月26日までに再生計画案を作成し、地権者に示す。
 同社は公共事業の減少などで、総額約12億400万円の負債を抱え、(2002年)5月1日に民事再生手続きの開始を申請した。再生計画案は、東証一部上場の東亜道路工業の支援を受けた経営再建などが柱になる見通し。

    (福島民報新聞 2002/ 6/18)


 その後もリフトが動いていたが、'06と'07の2シーズンは閉鎖?


 '08の3月に「磐梯×2」(ばんだいばんたい)として復活(コアラの村井さんがスキー場を運営)。
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八幡平スキー場・ホテルは売却決定 (2001/ 3/31)

JR東日本
岩手・八幡平地域リゾート事業撤退

 東日本旅客鉄道(JR東日本)は2001年 2月21日、岩手県の観光地、八幡平のリゾート事業から撤退すると発表した。
 ホテルやスキー場を運営するグループ会社、東北リゾートシステム(岩手県松尾村、大信田尚樹社長)の事業を今後1年以内に他者に譲渡したうえで、会社を清算する。
 スキー客減少などにより東北リゾートシステムは2000年6月末時点で、4億4千8百万円の超過債務に陥っていた。
 事業譲渡先は今後探す。ホテルは4月末に営業を停止する。
 東北リゾートシステム、1979年に旧国鉄が設立。現在はJR東日本が33.8%、JR東日本のグループ会社24社で18.6%、日本旅行が16.7%、松尾村が2.5%なとを出資している。
 付近の岩手山が、噴火警戒のため入山規制が続いていることもあって客数も減り、2001年6月期は3年連続の最終赤字となる見通し。
  (日経新聞 2001年 2月22日朝刊より)
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 1979年に開業した同スキー場は、今期(2001年6月期)で3期連続の経常赤字、累積赤字は17億円に達する見込み。
 ホテル宿泊者数は、95年の6万6千人から99年には4万5千人(-32%)に、スキー場客は28万2千人から同17万9千人(-37%)に減少した。
 それでもスキー場は八幡平温泉郷の中核施設で、(2001/3)16日には地元のペンション経営者らの団体が、県議会に存続を請願した。JRは銀行、商社を通じ譲渡先を探しに着手するが、1年以内をメドに譲渡先が見つからない場合は閉鎖する。
  (日経新聞 2001年 3月30日朝刊より)
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 '05シーズンも営業し、2005/ 8/24現在HPもあるので、無事にスキー場は存続しているようです。
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 圧雪しない天然ゲレンデで全国の上級者に人気がある「八幡平スキー場」(岩手県八幡平市)はシーズン目前の11月に休業を決定した。
 併設ロッジの不振が運営会社の経営を圧迫、リフトの点検やスタッフ確保が間に合わなかった。
 昨季の集客はピークの4分の一の約二万五千人。一部のマニア″に頼った結果、「新たなファン拡大に乗り遅れた」(運営会社幹部)のが遠因だ。
  (日経新聞 2007年12月31日朝刊 東北経済A「スキー誘客 腕次第」より)
 HPからは、八幡平スキー場は消えていました(2007/12/31)。

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営業引き継ぎの見通し?鳴子スキー場 (2001/ 3/31)

県、引き継ぎ難色
 経営不振で昨秋に営業を終える予定だった鳴子スキー場(宮城県鳴子町)は、地元の要望で今シーズンも営業を続けている。
 ただ経営の引き受け手は見つかっておらず、「来期以降は営業のメドはたたない」(運営会社の花渕山観光の松原弘幸社長)。
 今シーズンだけの収支は黒字となる見通しだが、除雪車のリース費用など通年コストを計算すると、営業を続けるほど累積赤字が膨らむ構図は変わらない。
 宮城県による営業引き継ぎを目指して、鳴子町や近隣の温泉組合、スキー競技団体などが陳情を続けているが、黒字の見通しが立たないため、県は難色を示している。
  (日経新聞 2001年 3月30日朝刊より)

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サア どうする大鰐温泉スキー場 (2001/ 3/31)

 今までは「火だるまの大鰐温泉」という、激しいタイトルを付けていましたが、大鰐スキースクールの中島校長から「タイトルを変えよ!」との懇願を何度か受けました。運悪くその日に彼の傘を私が間違えて持ち帰った、という負い目もあり、現タイトルに変更しました(2001/ 6/24)。
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予算上回る借金、町長が個人保証
 (1987年のリゾート法制定→第3セクター→リゾート開発→バブル崩壊→超過債務→自治体財政を蝕む
 (赤字3セクの)典型例が青森県にある。
 大鰐町は人口1万2千人余りの温泉の町であった。公営のスキー場しかなかったこの町に、新たなスキー場計画が持ち上がったのは87年のことだった。
 東京の中堅デベロッパー「タウン開発」が町に持ちかけたのである。同社と運営のノウハウを提供する藤田観光、そして町が中心になり第3セクター「大鰐地域総合開発」を設立、90年にはスキー場が開業した。スキー場と並行して夏場の集客を狙った「スパ施設」建設。投資額は73億5千万円に達した。
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 ところが、バブル崩壊でスキー場の客足は一気に遠のく。
 多いときで年間30万人いたスキー客は、半減するほどまでに落ち込んだ。当然、経営は傾く。まずは藤田観光が撤退し、スパ施設は閉鎖。開発を主導したタウン開発も、3セクへの貸付金33億円を放棄することなどを条件にスキー場から手を引いた。
 3セクは69億円もの負債を抱え込むことになった。このうち町の負担となるのは、町が債務保証していた約40億円分だが、残りの負債も事実上町がかぷらざるを得ない。予算規模約62億円に対し、それ以上の負債を抱えたのだから、町はパニックに陥った。
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 その後策定された再建計画は、まさに綱渡りそのもの。まずは金融機関との交渉で、金利を1%に減免した上で、返済期間を30年に延長した。3セクが毎年返済する1億数千万円は、町が30年間にわたって貸し付ける。
 3セクは、町からの借入金を60年かけて返済する、という気の遠くなるようなものだ。それもスキー場黒字化のメドが立たない中での60年計画である。町で職員の採用さえままならない状態で、行政サービスの低下さえ懸念され始めている。
 (こういった経緯を経て、98年6月の町長選挙は、正に「3セク問題選挙」だった。)
 尋常ではないが、これがリゾート開発失敗の後始末に悩む地方自治体の現実である。ある大鰐町関係者は「うちは額が大きいから表面化するのも早かったが、周辺の町村はどこも同じ。ただ事実を隠して時間稼ぎをしているだけ」と打ち明ける。「毎年いくつもの自治体が視察に訪れる」と言う湯川(大鰐)町長の言葉がそれを裏付ける。

(日経ビジネス 2001/ 1/22号より)

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大鰐スキー場経営の3セク 町議会が支援拒否 負債返済の計画暗礁に

 東北屈指のスキー場「大鰐温泉スキー場」(青森県大鰐町)を経営する大鰐町の第3セクター(社長:油川和世町長)への支援計画を、同町議会が拒否。同3セクの負債返済計画のめどが立たなくなった。
 大鰐町は、2001年度当初予算案に3セクの負債返済資金を計上したが、町議会は2月16日に3セクの支援部分を削除した修正案を可決した。19日に、支援を盛った予算案を再提出も、町議会が全員一致で否決した。
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 3セクは「大鰐地域総合開発」で、同社によると約60億円の借入金がある。大半を町が損失補償しており、町を通じ30年計画で返済中。否決された新年度当初予算案には、3セクへの貸付金1億4千8百万円と、町開発公社分の返済融資金1億3千2百万円を計上していた。
 町議会は、3セクのスキー場の経営が好転する見通しが立たないことから、予算支出が膨らむ事態を憂慮し、全員一致で町の予算案を修正した。
 今冬は降雪に恵まれ、収入増加が期待されたものの。利用客が伸びず、今期決算も経常赤字の見通しになっている。

(日経新聞 2001/ 3/20朝刊より)

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スキー場がヤバイ2.スキー場破綻北海道 (2003/11/16)

★ 北海道 ★

横津岳スキー場(北海道)
 横津岳スキー場(2002年3月末まで営業)と函館カントリーC(2001年11月4日で閉鎖)経営の東管が、両施設の無償譲渡を七飯町に申し入れ/「お世話になった町へとー」/同町、難しいとしながらも調査、検討へ
(株)東管(本社・東京)は、京海上火災グループのビル管理会社。
(函館電子新聞<1行ニューストピックス・ファイル>ほか)

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サホロリゾート(北海道)
 サホロリゾートを所有する西洋環境開発(東京)が倒産(2000年 7月)。
 サホロリゾートは、西武セゾングループのディベロッパーである西洋環境開発が中心となってスキーリゾート開発し、運営を100%の子会社であるサホロリゾートが行っていた。クラブメッドを日本で初めて展開するなど新しい業態を導入したが、親会社の経営再建の一環から赤字のサホロリゾートを整理することを前提に、1997年に加森観光と業務提携した。
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 (株)西洋環境開発(豊島区)は2000年7月18日、特別清算手続開始を申し立てた。
 同社は、(株)西武百貨店を中心とするセゾングループからの出資を受け業容を拡大。マンション・土地建物分譲、不動産賃貸等を行い、ピーク時の平成6年6月期には年商1200億1600万円をあげていた。
 しかし、バブル期に北海道のサホロリゾート開発や東京のホテル西洋銀座の運営など幅広く行ったが、バブル崩壊により損失が拡大。
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 (株)サホロリゾート(ホテル・スポーツ施設経営。資本金1億円、東京都)は、2001年7月3日、東京地裁へ再生手続開始の申立て。
 同リゾート内でホテル「クラブメッド」を所有する狩勝高原開発《かりかち》(株)(資本金1億円、東京都)と、(株)鎌倉西洋(資本金5000万円、東京都)も同日同地裁へ再生手続開始の申立て。
 負債は(株)サホロリゾートが約144億円、狩勝高原開発(株)が約78億円、(株)鎌倉西洋が約138億円で3社合計では約360億円。

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「レイクスキー場」(北海道)
「マリンスキー場」(北海道)
 エイペックス、カレント 破産宣告受ける。負債は2社合計で1014億8700万円。
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 エイペックス(株)(資本金71億6500万円、従業員200人)は、98. 3月18日自己破産。
 レジャー事業を積極的に展開し、ゴルフ場3コース、ホテル2カ所、スキー場2コースの経営。
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 93年3月期には不動産事業の売り上げもあって年売上高約61億円が、レジャー事業主体の営業に転換したことやバブル崩壊の影響などから翌94年は約31億円。借り入れが重荷となって慢性的な赤字経営。
 97年同期の年売上高は約21億円まで低迷し5期連続欠損を計上、累積損失は約384億円。
 97年11月にメーンバンクだった北海道拓殖銀行が経営破綻したことから今後の資金調達は厳しくなり、先行きの見通しも立たないことから、今回の事態となった。
 (苫小牧商工会議所ホームページ 3gatu/980318eipekkuほか)
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 一方では、次のような厳しい意見も多く見られる(管理人の注:)。
  エイペックスは、バブル期の頃に登場した北海道の「 カブトデコム 」(カブトグループ) を親会社とするリゾート分野担当の企業である。平成2年に総事業費665億円をかけて、巨大ホテルと関連施設( ゴルフ場、スキー場等 )を建設した。
 出来あがったのは会員制高級リゾートホテル。一口3,000万円の会員権を販売し、約400億円の資金を調達したが、実際には600億円以上の開発費を投じたのだから、いきなり赤字決算、債務超過である。これが毎期続いたのだから、先は目に見えていたともいえる。

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アルファトマムリゾートスキー場(北海道)
 1998年5月、アルファリゾート・トマムの4割部分を所有するアルファコーポレーションが自己破産により倒産し、同社が所有するリゾート内の施設が閉鎖に追い込まれた。
 同年末には地元占冠村の強い要請を受けて、加森観光の子会社リゾートマネジメントがアルファコーポレーションの施設運営を受託し営業を再開した。

 日経新聞2004/ 1/20によれば、
 アルファトマムリゾートスキー場は、2003秋、星野リゾートが買収することで合意し、2004に買収予定。

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★ 東北 ★

東北のスキー場、冬の時代  ブーム去り不況、閉鎖・撤退約20 (asahi.com  news/2002-02-17)

大鰐温泉スキー場(青森県)
 運営する大鰐町の三セク「大鰐地域総合開発」への貸付金を盛り込んだ予算案の再議は、大鰐町議会全員一致で否決(2001年)。町や金融機関に約62億円を30年間で返済する計画の大幅見直しが不可避になった。
「大鰐地域総合開発」が民事再生法申請の方針を固めた。  スパガーデン「湯〜とぴあ」の失敗で巨額の負債を抱えたうえ、三年連続の赤字で経営に行き詰まってしまい、自力再建は無理と判断したものと思われる
 (東奥日報2001年5月27日、河北新報を参考)。
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 そこに至までの経緯として、三セクのパートナーだった藤田観光がまずは撤退し、スパ施設は閉鎖。開発を主導したタウン開発も、3セクへの貸付金33億円を放棄するなどを条件にスキー場から手を引いた。3セクは69億円もの負債を抱え込むことになった。(日経ビジネス 2001/ 1/22号より)

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安比高原スキー場(岩手県)
 および盛岡グランドホテルなどを経営する岩手ホテル&リゾート(資本金44億3040万円、盛岡市、従業員1193人)は、経営権がリクルート(東京)からリゾート施設運営の加森観光(資本金8億円、札幌市)に移譲される(2003/ 1/31発表)。
 リクルートは約150億円の資本増強を実施後、所有する全株式を3月末に加森側に譲渡する予定。岩手リゾートの全施設は継続運営し、全従業員も現行の労働条件で引き続き雇用する。
 加森観光は、経営不振に陥っていた北上市の第3セクター、夏油高原開発の経営を昨年12月中旬に引き継いでスキー場を運営。加森社長は昨年末、リクルート側から株式譲渡の申し出があったことを明らかにし、「夏油と安比はスキーが共通点。共同リフト券やイベントなどでスキーヤーの便宜を図り、地元に愛される営業展開をしたい」と意欲を示した。
 (岩手日報 2003年2月1日 日報ニュース10より )
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 同じく加森観光が引き継いだ夏油高原スキー場は、すぐ次に続きます。

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夏油高原スキー場(岩手県北上市)
 第三セクター夏油高原開発の筆頭株主である国際興業(本社東京)が2003年度以降、三セク経営から撤退
 撤退に当たってはスキー場の存続を最優先とし、約140億円の借入金の処理の支援や施設の譲渡に加え、新たな運営会社の誘致なども視野に入れている。
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 資本金8000万円で、国際興業グループ70%の出資割合。過小資本の上、合併によって旧和賀町が過疎地から外れ、有利な過疎資金を利用できなくなる事情もあったという。スキー場建設への投資を借入金に頼ったため、金利返済と減価償却費が重い負担となっている。
 加えて県内の他のスキー場と同様に利用客が減少。当初の年間25万人から昨季は約17万人に落ち込み、経営悪化に拍車をかけた。昨季の収入は開業以来最低の約6億6000万円(同7%減)、当期未処理損失は約8億4000万円に上る。
 一方、銀行から借入金の元利返済の資金は国際興業からの融資で賄っている。累積赤字の解消のため2年前に60億円増資(その後減資)した経緯もあり、夏油高原開発への国際興業のこれまでの財務負担は膨大だ。
 (主に岩手日報を参考)
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 ちなみに、加森観光(ルスツリゾートなどを経営)が引き継いでいる。同社は、アルファリゾート・トマム、サホロリゾート、安比高原スキー場なども手がけている。
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岩手高原スキー場(岩手県雫石町)
 ピーク時は年に約31万人が訪れ、同県では安比高原、雫石に次ぐ人気スキー場だった。だが98年9月、岩手山付近で震度6弱の地震が発生。経営する地産トーカン(東京)は「火山活動の活発化」などを理由に休業を町に伝えた。
 1998年から休業中の雫石町の岩手高原スキー場は、負債総額3200億円を抱え会社更生法を申請した地産(本社東京)のグループ会社ジェネラスコーポレーション(旧地産トーカン)が所有する。
 ジ社は27日、雫石町に「現時点で撤退の考えはない」と伝えた。しかし、地元では「親会社の破たんで、スキー場の営業再開は絶望的になった」とあきらめムードが広がった。


 ところが岩手高原スノーパークと名前を改め、2005年より再開、めでたしめでたしでした。

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八幡平リゾート(岩手)
 運営会社の親会社・JR東日本が'02シーズン限りでの撤退を決めた。利用客の減少などが原因だ。JR撤退後、民間会社や三セクで両スキー場の営業は続くが利用者の回復が課題だ。
 八幡平リゾートは東北新幹線の盛岡開業3年前の79年にオープン。91年の約30万人をピークに昨シーズンは約16万人まで落ち込んだ。東京から盛岡まで新幹線で約2時間半、さらに車で約1時間かかる。この距離が利用客離れに拍車をかけたという。
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 東北地方にはアルツ磐梯(福島)や大鰐温泉(青森)など第三セクター経営で巨額の負債を抱えたまま営業を続けるスキー場もいくつかあり、利用客離れは今後に暗い影を落とす。一方で独自色を出そうと模索を続けるスキー場もある。
 (https://www.asahi.com/  news/2002-02-17 と http://www.ibc.co.jp/ ibcニュース2001年2月23日より)

 JR東日本は、撤退する八幡平リゾートスキー場事業を、日本ケーブルに譲渡で基本合意。譲渡時期は2002年4月。
 譲渡は閉鎖した八幡平リゾートホテルも含まれるが、活用は未定。八幡平地区の核となる同スキー場は、来シーズン以降の営業継続が決まった。
 日本ケーブルが既存の関連会社か、新会社を設立して経営する。
 同スキー場を経営するJR東日本子会社の東北リゾートシステム(松尾村)は、譲渡に合わせて清算。累積赤字約50億円はJR側が負担する。出向を含む社員11人は、希望を尊重しながらJR側が再就職を支援し、日本ケーブルも受け入れを検討する。
日本ケーブル株(索道会社、東京都、資本金2億円)
 日本ケーブルは、関連会社でスキー場6カ所も経営。県内では関連会社の松川温泉観光が松尾村の下倉スキー場、八幡平トラウトガーデンを経営している。
 譲渡を受けた理由について、「地域の観光産業の中核施設。スキー場運営のノウハウを結集すれば安定経営が可能と判断した」と説明。下倉スキー場との一体運営の方針を示し、共通リフト券発行やシャトルバス運行も計画する。
 (http://www.iwate-np.co.jp/news/ 岩手日報2001年12月22日ニュースより)
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県営田沢湖スキー場(秋田県)
 資本参加のJR東日本が'01?で撤退。
 田沢湖については詳細は不明ですが、同じJR東日本が02で撤退した八幡平リゾート(岩手)については、すぐ前で取り上げています。多少の参考になりませんか?

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宮城蔵王白石スキー場(宮城県)
 第三セクターの運営母体?である日東興業(株)(和議から2002.7.15民事再生手続開始)。
 同スキー場は1997年、経営していた企業が倒産し、99年に市に寄付された。
 その後は、NPO法人「不忘アザレア」が管理運営。「常勤職員は5人だけ。冬場の最も多いときは50人ほどが働いているが、期間従業員やアルバイトでカバーしている。コストを切り詰めるため、ぎりぎりのマンパワーで運営している」と。
 施設も、新しく建て替え、リフトもクワットリフトや、高速リフトになり、昔の白石スキー場とは見違えるほど改善。
 直営の場合、職員が公務員なので、未明から長時間働く労働環境を考えると人件費がばく大。対策を講じるにも、補正予算で対応するなど非効率だ。第三セクターでは、新たな出資金や役員報酬など余分なコストがかかるうえ、赤字になっても市の補助を受けられるなど安易な経営になりかねない。
 市は「大規模な設備修理は市が負担したが、直営よりずっとコストが低く抑えられた」と評価。
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 初シーズン4万5851人だった入場者は、翌シーズンには4万6418人に増えた。総売り上げも約9,800万円から約1億800万円になり、人件費などを差し引いた黒字約300万円を市に寄付出来た。

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天元台高原スキー場(山形県米沢市)
 63年にオープンした天元台高原スキー場(山形県米沢市)は昨2001秋、JTB(東京)や地元業者の出資会社が経営撤退を表明。
 受け皿が決まらないまま今02シーズンも営業を続けている。91年に約30万人だった利用客は、昨シーズンは6分の1に落ち込んだ。累積赤字は約6億円に膨らんでいた。
 スキー場経営などの天元台は来年2001年9月末で事業から撤退、2003年をめどに清算する。
 同社撤退に伴いスキー場まで閉鎖すると地域経済への影響が大きい為、市や県にスキー場などが継続できる方向で支援を要請。市が対応策を検討している。
 (日経産業新聞2001/11/22 ほか)

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箕輪スキー場(福島県)
 並びに「ホテルプルミエール箕輪」の運営代行もしていた、リゾート施設経営のエスティティコーポレーション、再生法(2003年2月17日)。負債3131億円、借入金重荷に。スキー場などの従業員約百四十人。「シーガイア」(宮崎市)の負債総額に匹敵する大型破たん。
 リゾート施設の開発に加えて、バブル期には都内で大規模な不動産開発に投資していた。多額の借入金による金利負担が経営を圧迫し、ゴルフ場会員権の販売も低迷して行き詰まった。
 (日経新聞 2003/ 2/18より)
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 エスティティコーポレーションの再生計画は2003/11/13までに、債権者の同意を得て、認可された。総額4,398億円に上がる負債は、それぞれの債券額に応じて段階的に免除され、大幅に圧縮される。
 米大手投資ファンド、ローンスターの全面的支援を受けて、来年2月までに一括弁済し、民事再生手続きを完了する見込みとなっている。
 (福島民報 2003/11/14より)

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アルツ磐梯スキー場(福島県)
 磐梯リゾー卜(株)(資本金12億円、従業員110名)はスキー場やゴルフ場の開発を進めたが、過大投資で経営が悪化。2002年10月に約950億円の負債を抱えて民事再生法の適用を申請した。
 再建に合わせ、住友信託銀行は約八百五十億円の債権を約99%カットし、ゴルフ会員が支払った預託金は97.5%カットする。
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 ゴルフ場、スキー場などへの総投資額は約760億円。110名の従業員。星野リゾート債権10億円一括弁済。2005年度、営業黒字をめざす
 再建を進める星野リゾート(長野県軽井沢町)。星野以外の出資者の合潜も得た上で、金融機関の債権カットで残る約十億円の債権を一括弁済する。
 (日経新聞 2003/ 3/ 6ほか)
◇アルツについては、

◇星野リゾート(長野県軽井沢町星野、資本金3,950万円、従業員200人)
 同社はアルツ磐梯スキー場(福島県)の他にも、アルファリゾートトマム(北海道) 1998経営主体が倒産→(加森観光の子会社へ)→2003秋、星野リゾートが買収で合意し、2004に買収予定。


◇関連リンク

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ネコマスキー場(福島県)
 (株)日本ロイヤルクラブは、2000年8月24日、東京地裁より再生手続開始決定を受けた。負債総額1714億円。債権者から破産を申し立てられたことに対抗して、再建を目指す民事再生を申し立てていた。
 同社は小針歴二氏(平成5年死亡)を頂点とする福島交通(株)グループの一社で、レジャー・リゾート関連の中核会社。最盛期にはゴルフ場3コースほかを擁し、ピーク時の平成6年3月期の年商は65億円。
 だが、バブル崩壊に伴う業績悪化から、8年3月期にホテル部門を別法人の(株)裏磐梯猫魔ホテルに移管。スキー場も地元第三セクターに移管。
 しかし、以降も景気後退から客足が伸びず赤字経営が続き、平成12年3月期には年商が29億円まで減少。
 7月5日、同社に対し約326億円の債権(工事代金)を有する間組(東京都)ほか11名の債権者は東京地裁に第三者破産を申立てていた。
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 2000年8月8日に民事再生手続開始を申し立てた(株)日本ロイヤルクラブの関連会社(株)裏磐梯観光ホテル(福島県、資本金20億円、従業員90名)は、2001年4月6日、東京地裁より破産宣告を受けた。負債は約80億円。
 (www.tsr-net.co.jp/ 東京商工リサーチ/大型倒産動向2000/2000_01-12 ほか)
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 さらに、
 ネコマの新しいオーナー?(株)興新産業(資本金5千万円)が、2002年9月30日特別清算開始申立。負債総額約78億円。
 バブル崩壊以降、リゾート開発会社や廃棄物処理場開発会社への資金が焦げ付いたり、回収が長期化したりして、事実上回収不能となっていた。そこに、今年8月に宮城県多賀城市で自己破産した水処理施設会社に多額の不良債権が発生して、資金繰りに行き詰まった。

   ▼ 2005/ 8/24追記 ▼
 猫魔ホテルは、2001年から閉鎖(休館)されていたが2004年 6月30日再開。 リベレステ・グループが所有して、加森観光が運営。実際に運営するのは、加森観光が3月末に設立した「ネコマリゾート」

   ▼ 2008/ 7/12追記 ▼
◇猫魔スキー場の運営会社(裏磐梯高原開発公社)破たん
 2008年6月3日、裏磐梯猫魔スキー場を運営する裏磐梯高原開発公社(本社・北塩原村)が経営が悪化し、債権者が東京地方裁判所に会社更生法の適用を申し立。負債総額は60億円余り。
 旧福島交通グループや地元の北塩原村などが出資して、昭和61年2月に第3セクターとして設立され、その年の12月に「裏磐梯猫魔スキー場」をオープン。売り上げも順調に推移した後、スキー客の減少で経営がしだいに悪化。さらに、老朽化したスキー場の改修の見込みが立たず、スキー場の継続が難しくなった。
 経営再建に向けて、星野リゾートの関与も決定した。

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★ 激震2008年、磐梯山と周辺 ★ (2008/ 7/10 )

ネコマスキー場(福島県)
◇猫魔スキー場の運営会社(裏磐梯高原開発公社)破たん
 2008年6月3日、裏磐梯猫魔スキー場を運営する裏磐梯高原開発公社(本社・北塩原村)が経営が悪化し、債権者が東京地方裁判所に会社更生法の適用を申し立。負債総額は60億円余り。
 旧福島交通グループや地元の北塩原村などが出資して、昭和61年2月に第3セクターとして設立され、その年の12月に「裏磐梯猫魔スキー場」をオープン。売り上げも順調に推移した後、スキー客の減少で経営がしだいに悪化。さらに、老朽化したスキー場の改修の見込みが立たず、スキー場の継続が難しくなった。
 経営再建に向けて、星野リゾートの関与も決定した。


 今までの流れについては、すぐ上に紹介してあります。


磐梯国際スキー場(福島県)
 02/5スキー場を経営する小川組が民事再生法申請、決定(02/10/16)。'06と'07の2シーズンは閉鎖? '08の3月に「磐梯×2」(ばんだいばんたい)として復活(コアラの村井さんがスキー場を運営)。
磐梯国際スキー場 → 磐梯×2として復活。


沼尻スキー場(福島県)
◇福島県・沼尻スキー場(ボナリ高原ゴルフクラブを経営する株・レイコフ)は、2008年3月21日、民事再生法を申請。
 なお、株・ホスピタリティインベストメントは平成20年5月7日、民事再生法を取り下げ自己破産を申請。ややっこしく、良く分かりません。
 スキー場が具体的にどうなるのかは、まだ情報が入っていません。→ '09シーズンも無事に営業。
 2009夏頃、沼尻スキー場に新たなスポンサー(イベント関係の会社らしい?)がついたようです。


猪苗代リゾートスキー場(福島県)
◇セラヴィリゾート泉郷が2008年5月6日、会社更生法申請
 全国的にリゾート施設を展開していてパンク。負債総額は約140億円。猪苗代リゾートホテルとスキー場は、今後も営業を続けます。


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★ 関東・甲信越 ★

武尊オリンピアスキー場(群馬県利根郡)
 大手のゴルフ場経営会社、スポーツ振興(株)(大阪市 資本金9000万円)は2002年1月28日、債権者であるRCC(整理回収機構)から会社更生法の適用を申し立てられ、2月1日、大阪地裁へ会社更生法の適用。負債総額2109億円。
 国内のゴルフ場は31カ所、スキー場は「武尊オリンピアスキー場」(群馬県利根郡)など2カ所、海外8ヶ所のゴルフコースなどなどを所有、または運営。
 ゴルフ場経営専業会社の倒産としては、97年12月に和議開始を申請した日東興業(株)(東京、負債2762億円)以来の大型倒産になる。
 (帝国データバンクより引用の「椿ゴルフ」HP http://www.mmjp.or.jp/tubaki-golf/index.htmより)

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メイプルヒルスキー場(栃木県塩谷郡 鶏頂山)
鶏頂山スキー場(栃木県)
 隣にあるスキー場。
◎99年1月〜11月まで清算(倒産を含む)または清算決定した地方公社
    法人名            所在地     業種     形態
鶏頂山観光開発(株)        栃木県    スキー場    銀行取引停止
 (東京商工リサーチ/特別解析記事 http://www.tsr-net.co.jp/topics/より)
透明スペーサー
 倒産した鶏頂山観光開発株式会社から日本ケーブル株式会社に2001?年夏頃、営業権が譲渡されたようです。

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人工スキー場「八ヶ岳ザイラーバレースキー場」(長野県)
 ゴルフ場、スキー場経営の株アルパインカントリークラブが、2002/07/26に民事再生手続き開始を申請。負債148億7300万円。
 ゴルフ場「アルパインカントリークラブ」(18ホール長野県南佐久郡)、「八ヶ岳ザイラーバレースキー場」(人工スキー場)、別荘分譲なども手がけ、95年11月期には年収入高約12億7700万円を計上していた。
 その後は景気低迷の長期化により、2001年同期の年収入高は約7億8200万円にまでダウン、連続欠損計上を余儀なくされ、債務超過となっていた。
透明スペーサー
 和洋菓子などを製造・販売(全国に約500店舗を展開)する(株)シャトレーゼ(山梨)は、民事再生手続き中の(株)アルパインカントリークラブから「アルパインC・GC」(18ホール、長野県)と付帯するスキー場「八ヶ岳ライザーバレー」、ホテルの営業譲渡を受け、2002.10月1日からこれらを営業することになった。

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アクシオムスキー場(新潟県北魚沼郡)
 権現堂観光開発(株)(新潟県北魚沼郡、資本金6300万円)は2001年6月5月1日、民事再生手続開始。負債は約45億円。
 同社は昭和47年7月、日本都市デベロップ(埼玉)が中心になり、広神村、守門村がそれぞれ12%ずつ出資して設立された第三セクター方式のスキー場。同年「アクシオムスキー場」をオープン。
 スキー場は5コースの規模。ピーク時の平成8年4月期は入り込み客が4万4000人あり、売上は1億5500万円を計上。しかし、暖冬小雪の影響をもろに受け稼働日数の減少、ボーダー・スキーヤーの拡散化、消費の冷え込み等から売上が年々減少。2001シーズンの入り込み客は2万1000人と半減し、13年4月期の売上は5300万円にまで落ち込んでいた。
 そのため多額の累積欠損を抱え、スキー場建設時のゼネコン数社への多額な未払金、リース支払いから資金繰りが悪化。この間、親会社の日本都市デベロップからの借入金でまかなってきたが、その借入金が大きく膨れ、親会社の経営不振もあり支援が限界になった。
 同スキー場は貴重な観光資源。冬場のシーズンにはリフトの運転やレストランの従業員として地元から60名前後を雇用。ゲレンデや駐車場は地元住民が賃貸していた。両村への経済効果が大きかった。
 (東京商工リサーチ/大型倒産情報 http://www.tsr-net.co.jp/topics/より)
透明スペーサー
 須原スキー場が同じ守門村に存在しているが、アクシオムスキー場の生まれ変わりなのかどうかは不明です。(HP管理人2003/10現在)
透明スペーサー

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★ 西の地域 ★

旭テングストンスキー場(島根県旭町)
 スキー場経営の天狗石リゾート株が自己破産。第三セクターで、負債総額44億円は県内の三セクでは最大の倒産となった。2001/7/30。
透明スペーサー
 過疎と高齢化が進む島根県西部で、地域の活性化を図ろうとした大型プロジェクト(総事業費45億円)の挫折。無理な経営計画が原因と見られている。
 事業失敗の原因は、補助金や無利子融資など公的支援を受ける場合、条件を満たすため過大な計画となりやすいことにもある。
 当初の計画では、年間14万人の入場者と7億5000万円の売り上げを見込んでいた。95年オープン。開業後二年間は計画通りの売り上げを確保したが、暖冬による雪不足や客のスキー離れなどで98年から赤字に転落。売り上げは3億から4億円に低迷していた。
 総事業費の多くは借入金で賄われたが、自己破産に伴い、かなりの額が返済不能となる。回収不能分には、リゾート法に基づき導入された公的金融機関の無利子融資も含まれる。開業時借り入れの37億9400万円には、民間金融機関のほか、日本政策投資銀行の8億2000万円、ふるさと財団の8億5700万円が含まれている。
 (山陰中央新報2001/8月6日版 http://www.sanin-chuo.co.jp/を参考ほか)
透明スペーサー
※同2001年12月、
 ユートピア・サイオト(広島県芸北町)を経営している株ハートレイが、経営引継ぎ、12月29日再開!
 「倒産から復活。リフト料金も値下げ。駐車場も無料のまま。穴場ゲレンデ」との話も。

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キッツメドゥズ スキー事業撤退 不採算工場は統廃合 (2003/12/16)

 バルブ大手のキッツは(2002/ 1/)31日、不振のスキー事業の撤退を柱とするリストラ(事業の再構築)策を発表した。米国の発電所向けバルブ事業の売却や不採算工場の統廃合も進める。投資不動産や美術品、投資有価証券などの評価損を含め、連結で143億円の特別損失を2003年3月期に計上する。
 スキー事業を手掛ける子会社のキッツメドゥズ(山梨県大泉村・清里)とガラス工芸品展示販売の子会社、諏訪ガラスの里(長野県諏訪市)を2002年度中に売却する方針。本業では米国での発電所向け鋳鋼高圧弁事業から撤退、米生産子会社を売却する。
 経営責任を取り清水雄輔会長は4月1日付で代表権を返上。執行役員以上の役員報酬を二月から25〜40%カットする。管理職と組合員も一月からそれぞれ12%、7%給与カットする。2003年3月末までに派遣社員を中心に連結で245人削減し、約3,600人にする。
 2002年3月期の連結最終損益は148億円の赤字(前期は11億円の黒字)になる見通し。従来予想は6億円の赤字だった。当期の未処理損失は法定準備金を取り崩して処理する。連糖の売上高や営業利益は従来予想通り。

(日経新聞 2002/ 2/ 1より要約)。

▼以下は管理人より
 最終的には、キッツメドウズの株式を日本ケーブル株グループ会社に売却(2002/11/29となったようです)。
*メイプルヒルスキーリゾート(栃木県) 2001?倒産→日本ケーブル株へ?
*鶏頂山(栃木県) 2001?倒産→夏頃に、営業権が日本ケーブル株へ譲渡?

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秋台風の被害で、'05一冬の営業を断念・五ケ瀬スキー場 (2005/ 8/10)

 五ケ瀬ハイランドスキー場(宮崎県)を運営する第三セクター五ケ瀬ハイランドは、2004年09月21日取締役会を開き、相次ぐ台風の襲来でスキー場への道路が寸断されたため復旧が長期化すると判断。'05一冬の営業を断念することを決めた。
 8、9月にかけて接近した台風16、18号の影響で、スキー場の入場リフト付近で土砂崩れが発生。ふもとの波帰集落まで約1キロにわたって土石流も起き、国道265号と同スキー場を結ぶ町道の三カ所が崩落、二カ所で土砂や倒木が覆った。
 町は仮設道路やう回路を使って営業の可能性を検討した。道路復旧に加えて、崩落した斜面の修復や河川改修など、すべての工事終了まで時間がかかることが分かり、今季の営業を断念した。復旧に掛かる費用は約12億円。
透明スペーサー
 同スキー場は1990年12月、町営として開業。94年に町出資の第三セクターとなり、途中赤字が続いたため98年から雲海酒造が経営に参画。昨年五月に累積赤字を解消、本年度から町が運営主体になったばかり。
 今季は昨年並みの約七万人の入場者と約3億6,800万円の売り上げを予想。町では、人件費等で8,700万円の単年度赤字になるとみている。飯干町長は「断腸の思いだが、安全に利用してもらうため万全の方法を取った。

参考資料: 「ようこそ日本最南端の雪山へ<南国宮崎 五ヶ瀬スキー場>」 より(リンク切れ2019/06)

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03-05王滝村 借金返済の負担比率、全国三番目 (2006/12/07)+ 07/ 1/27

透明スペーサー
特別会計の暗がり
省庁太らす隠しポケット
3年で利用ゼロ
 国の一般会計と違い、事業ごとに収入と支出を管理する特別会計。省庁の自由が利くので「官僚の財布」ともいわれるが、その歳出規模は31特会の合計で225兆円。一般会計の2.8倍の規模だ。特会全体で不要な予算は年間10兆5千億円。
 塩川正十郎元財務相が「母屋(一般会計)はおかゆなのに、離れ(特会)はすき焼きを食べている」と嘆いた通りの実態だ。
 見えにくいところで巨額のお金が動いているのは国だけでない。
 人口千人の長野県王滝村が抱える債務は今年度末で44億円。その四分の一が村営スキー場の債務だ。ゴンドラや入浴施設を整備したが、スキー客がピークの十分の一に減少、村の財政は危機に陥った。
 スキー場に投じた資金は130億円に上る。だが、一般会計ではなくスキー場を経営する公営企業会計(特会)で起債したため、過大投資が見逃された。特会も含め、収入に対する借金返済の負担を示す「実質公債費比率」でみると、王滝村は03-05年度の平均が33.3%で全国三番目の高さだ。

(日経新聞2006/11/29「財政 経済が問う 第6部古い岩盤を崩せ3」より)

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透明スペーサー
失業対策の補助金に頼った怠慢
 夕張市の悲劇は他人事ではない。巨額の財政赤字に悩む都市は他にもある。むしろ、全国1,817の市町村のうち、健全な自治体はほとんど無いといっても過言ではなく、「第2の夕張市」がいつ出てもおかしくないのだ。
 そんな自治体の危険度を示す指標のうち、総務省が今年4月に導入したのが「実質公債費比率」だ。
 これは自治体の収入に対する実質的な借金返済の割合を示す。たとえば、比率が20%であれば、収入の2割が借金の返済に消える。25%以上になると、財政破綻の危険があるとされ、起債(借金)が制限されることになる。
透明スペーサー
 ワースト3位の長野県王滝村(実質公債比率33.3%)は、旧村営スキー場の施設整備の債務返済が財政を圧迫した。村議の話。「今年度は返済が本格化するため、実質公債費比率は40.9%の見通しとなっており、次は全国ワースト1位になる可能性がある。今でも村長は『穴のあいた村道の修理もできない。乾ききったタオルをさらに絞っているような状態だ』と言っているのに、この先、どうなることやら……」

(週刊ポスト2006.12.22号(小学館)【借金360億円の財政破綻「第2の夕張市」になりそうな都市】より)

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借金360億円の財政破綻 夕張市 2007/ 1/27

透明スペーサー
 財政が破綻し、住民の負担が重くなるばかりか、行政サービスそのものが受けられなくなってしまう。
 来春から政府の管理下で再建を図ることになった北海道夕張市が、そんな危機的状況を迎えるかもしれない。「早期退職」を検討する職員が85%もいることがわかったのだ。(だが、夕張市が陥った状況は、特殊なケースではない。同様に逼迫する自治体は、まだまだ多数あるのだ。)
透明スペーサー
*「財政再建団体」となり、総人件費の大幅削減を断行することが迫られている夕張市。かつては「炭鉱の街」として栄えたが、相次ぐ炭鉱閉山で住民が流出。「観光の街」への転換を図ったものの、過剰投資で逆に財政が悪化し、06年度末の実質赤字額は、約360億円に上る見込みだ。
 財政再建計画案は、360億円の借金≠約20年で返済するものだが、注目は市職員の厳しいリストラ策。現在309人いる職員を2年で半減するほか、給与を特別職で60%、一般職で平均30%カット。その上、退職金は段階的に削減し、4年後までに4分の1にするという。

(週刊ポスト2006.12.22号(小学館)【借金360億円の財政破綻「第2の夕張市」になりそうな都市】より)

透明スペーサー
夕張市の足を引っ張った?マウントレースイスキー場
 2002年3月末、松下興産がマウントレースイスキー場と隣接するホテルを閉鎖。
 北海道夕張市は、「雇用確保や観光資源として不可欠」と両施設を26億円で買い取り、三セクで運営を引き継いだ。一般財政規模が120億円余りの同市にとって負担は軽くなく、経営改善は急務だ。
 初年度の昨シーズンはコスト削減などで黒字を確保できたが、正念場は二年目になる今シーズン以降。三セク会社は4月に約4億円を投じて温泉施翠生新設、4年ぶりに通年営業を始めてアピールしていく。

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松下興産とスキー場の関係 (2008/ 8/01)

透明スペーサー
@妙高パインバレー
 1972昭和47年に、松下興産株式会社が創業20周年を記念して事業着手。
 1988昭和63年にグランドオープンした総合リゾート施設で、ホテル棟2棟、 分譲マンション棟や27ホールのゴルフ場、スキー場などを擁する。
 2005年 7月20日APA(アパ)グループ(新潟県妙高市桶海)が買収、継承
Aスキーイングイン津田沼開業
 1991年, 12月21日, 千葉県, 松下興産, スキーイングイン津田沼開業(人工スキー 場)。
 1997年(平成9年)閉鎖 (松下興産より津田沼ほかを引き継いだ豊秀興産は、2005年会社を特別清算)。京成電鉄第二工場跡地→(1991年 12月21日オープン)スキーイングイン津田沼跡地→2003年10月4日イオン津田沼ショッピングセンター(千葉県習志野市津田沼一丁目)
 全長120mX幅30m。室温10〜15度。オーストリアの会社から輸入販売する屋内スキー場システムの、ソフト面の研究とデモを兼ねて。建設費約40億円(ザウスは400億円)。
Bマウントレースイスキー場
 1988年?  もともと市の第三セクターが営業していたマウントレースイスキー場を約26億円で松下興産が買収し、その後ホテルを併設した(1991年7階建て118室)。投資金額は合計で約130億円といわれている。
 2002年3月末、マウントレースイスキー場および隣接するホテル(北海道)を、松下興産が閉鎖。夕張市が26億円 で買い取り三セク運営引き継ぐ。
   2005年度決算ベース  夕張市の第3セクターと公社の累積赤字は計68億3000万円。
   2007/ 1/27 借金360億円の財政破綻 夕張市 
C松下興産の清算
 2005年 3月6日 − 松下興産、経営悪化により事実上解体、資産を売却し清算の方向
 2005年秋 松下興産(旧)
   ↓
   ├松下興産(新) → MID都市開発(社名変更):不動産
   └豊秀興産 → 特別清算へ(1,500億円):ゴルフ場、リゾート事業

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アライマウンテンスキー場と株ソニーの関係 (2008/ 8/01)

透明スペーサー
 93年に開業し、残念なことに、2006年に営業を停止したアライマウンテンスキー場。
 車いすで楽しめるバリアフリーのスキー場とホテルを目指した。事実、儲かることのないハンディー・スキーにも力を入れた、障害者にも優しいスキー場だった。
 ソニー創業者である盛田昭夫の長男、英夫氏の夢が託された、世界に誇るリゾートだったが、レイケイの投資稔額は500億円(初期投資約250億円、追加投資約250億円)に及んだとされ、開業当初から苦しい経営が続いた。
* 群馬県・川場スキー場は100億円以上を投じて1989年に開設。
* 長野県・王滝村村営スキー場(おんたけスキー場)に投じた資金は130億円に上る。
* 東急不動産が160億円をかけて開発した花園スキー場(二セコ)。
 規模や内容の違いなどがあるとしても、これのスキー場と比べれば、アライの開発費用500億円は3〜5倍という巨額である。
「ソニーはレイケイの問題に絡まない」
 アライマウンテン&スパは、盛田英夫氏が経営する盛田家の資産管理会社、レイケイの主導で開発し、開業したスキーリゾートだ。
 トップ間では、「スキー場は盛田家の問題であり、関係会社のソニーが口を出す筋合いではない。ソニーはレイケイの問題に絡まない」という約束が交わされていた。
 レイケイは、自動車レースのF1関連事業でも巨額損失を出し、2005年に解散。95年3月期までソニーの筆頭株主だったが、担保にしていたソニー株の大半は既に手放していた。盛田家とソニーの資本関係は消えたのである。

(参考資料:日経ビジネス2008.1.28)

'06冬の記録的な豪雪の影響で、利用客が20%以上減少が最後の引き金に
 スキー場の歴史は、93年の営業開始から06年閉鎖までの13年。
 うち93年の営業開始から04年までの初めの11年は、盛田英夫氏の元で運営されてきた。
 その後、2004年3月からARAI MOUNTAIN & SPAと名前を変え、新井リゾートマネジメント株式会社(小島弘社長)が運営するようになった。同社が運営を担当したのは、05、06シーズンのたった2年。平成18年7月10日、新潟地裁高田支部に特別清算を申し立てた。
透明スペーサー
 スキー客はピーク時の約21万人から、06冬は約12万人に低迷。特にこの冬は、豪雪による売り上げの落ち込みで資金繰りが悪化していた。
 05年末から06年1月にかけ、JR信越線が雪で約530本運休し、利用客のキャンセルが続出。利用者(春スキーを除く05年12月〜06年3月)が、前年同期比20%減の約8万460人と低迷した。同市は1月、最大で3メートル56センチの積雪を記録している。
 東京商工リサーチなどによると、負債総額(2005年5月期末)は約11億円。従業員・アルバイト110人は同日、解雇された。

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このページの新設日 : 1999/07/25.
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