親切なスキー学校・磐梯ひじかたスキースクール

アルペンスキー・ワールドカップ与太話集 (アルペンスキー・ワールドカップ与太話集)

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アルペンスキー・ワールドカップ与太話集
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★ WC与太話 -P1
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WC1軍と2軍選手との大きな実力差 2011. 6.10up

◇GS第3戦 バルチゼールを見ていて
 これは11.12.2010、Val d Isere (FRA)会場で行われたGiant Slalomで、好調の Ted Ligety(米)が2連勝を飾ったレースである。見ていて、といっても、ちょくせつレース会場に足を運んだのではなく、ケーブルテレビ j-sportsでの再放送の観戦である。
 そのときにも感じたことの一つが、シード選手とそうでない選手との実力差だ。その印象として、上手い・下手の差がある。下手といっても、もしその一人だけをスキー場で滑る姿を見る機会があれば、私たちから見れば腰を抜かすほどの、神サマのような超上手いレベルなのである。シード外選手の名誉のために、一言を念のため!
 しかしシード選手と比べれば、安定性の差もある。タイム差もある。無事にゴールまでたどり着けるか、という完走率の差もある。
 確か前'10シーズンのGSで、マッシミリアーノ・ブラドーネ(イタリア)だったと思うが、ビブドローに遅刻したための罰則で、かなり後半でスタートしたレースがあった。当然と言えば当然なのだが、その前後の選手たちとはダンチの滑りで、さすがと感心したことがある。
WC GSレース会場出走(約)1本目DNF内シード選手内シード外選手
11.12.2010 Val d Isere (バルチゼール FRA)67名20名2名18名
 GS第3戦( Val d Isere バルチゼール会場)では、出走選手67名中、1本目でゴールしなかった選手が20名。内、シード選手はたったの2名のみ。確かに後ろになればなるほどコースは荒れてくる。しかしスラロームほど激しく凹凸ができる訳ではなく、不利は不利でもGSではハンデーは少ない。
 経験も含め、やはり実力差である。

 ということで、'11シーズンの大回転で、シードとそうでない選手の1本目DNFについて調べてみたのが、次の表だ。結論としては、やはり感じたとおりで、WC1軍と2軍選手との大きな実力差はあった。
GSレース会場出走(約)1本目DNF内シード選手内シード外選手
05.12.2010 Beaver Creek (USA)69-2名6名1名5名
05.12.2010 Beaver Creek (USA)69-2名6名1名5名
11.12.2010 Val d Isere (FRA)67名20名2名18名
08.01.2011 Adelboden (SUI)70-1名9名0名9名
06/02/2011 Hinterstoder(AUT)55-1名15名1名14名
18.02.2011 Garmisch-Partenkirchen (GER)
 なおこのレースのみ FIS World Ski Championships
169名20名0名20名


★参考までに、'11男子GSカレンダー
◇GS 第1戦(無効試合)
24-10-2010 Soelden [SOL] - AUT Men's Giant Slalom
 悪天候(濃霧で視界不良のため)1本目の終了後、天候の回復待ちをしたが中止。
 ちなみに1本目のラップは、シプリアン・リシャール(Richard FRA)にとっては幻の 0.5勝、幻の初勝利になってしまった。
 このレースのリザルトは見つからないので、以下を残しておく。
《男子大回転 1回目結果:無効試合》3位:Philipp Schoerghofer (AUT)
1位:Cyprien Richard (FRA)3位:Davide Simoncelli (ITA)
2位:Ted Ligety (USA)5位:Marcel Hirscher (AUT)
◇GS 第2戦
◇GS 第3戦
◇WC GS 第6戦

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あのステンマルク+トンバの滑降出場=たったの? 2011. 5.18up


◇ステンマルクのWC滑降レース出場は1回だけ
 スキー界の生んだ5大レーサーの一人、ステンマルク。引退後20年も経た今も、アルペンスキーWCで通算86勝は歴代第1位である。
 滑降に出場したのはたった1回だけ。新ルールでのコンビのポイントを稼ぐため。1981年1月、キッツビューエルの滑降で、39人中34位だった。以後勝つ見込のない滑降には2度と出場しなかった。

 しかしステンマルクには滑降での才能はある、というコーチの発言を読んだ記憶がある。彼には滑降レースの練習に咲くだけの十二分な時間的な余裕がないのである、と。
 現在は閉鎖サイト ski-and-ski/work/Biography/Bio-M_Stenmark-3.htm GROS Piero (ITA) (写真家・木村之与さんのski-and-ski)より一部引用


◇爆弾アルベルト・トンバのWC滑降レース出場はゼロ
 1995年、ワールドカップで11勝をあげて、ついに総合優勝。オールラウンダーに絶対有利で、アルベルト・トンバのように技術系種目のみでポイントでは、総合優勝は奇跡だった。
 祖母に「危ないから出るのを止めなさい」と言われたため、ダウンヒルに出場することはなかった。
 この2年ほど、WC観戦するトンバを見ることが多い。('09頃〜)

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42番スタート優勝はW杯SLでは初めて、ピエロ・グロス'73マドンナ・ディ・カンピリオ

 '72年12月08日、バルディゼール(FRA)の大回転で、45番スタートから生涯12勝のうちの初勝利を上げた。18歳のグロスの衝撃的なデビューである。これは'74年の総合優勝への前兆であった。
 Rank Name + Surname Nat 1.Run 2.Run Total Diff.
 1位 Piero Gros ITA 3'27.89
 2位 Erik Haaker NOR 3'28.07 +0.18
 その9日後、18歳グロス(ITA)が、1972年12月17日にマドンナ・ディ・カンピリオ(ITA)で2勝目を上げた。但し、回転種目での42番という遅いスタートから勝利は、新記録のハズである。
 Rank Name + Surname Nat 1.Run 2.Run Total Diff.
 1位 Piero Gros ITA 1'40.41
 2位 Gustav Thoeni ITA 1'40.48 +0.07
ピエロ・グロス GROS Piero (ITA)  1954年10月30日生まれ
 ※1979年引退
 World Cup - 通算12 勝. (7 GS, 5 SL)
 Olympic Games  1976 Innsbruck SL/1st.
 現在は閉鎖サイト ski-and-ski/work/Biography/Bio-M_Gros.htm GROS Piero (ITA) (写真家・木村之与さんのski-and-ski)より一部引用

 2勝目は、42番という遅いスタートから、回転での初優勝を上げている。1勝目は、さらに3番遅い45番スタートではあったが、こちらの種目は斜面の荒れにくい大回転。スタートが遅くなるほどコースが削れて荒れるスラロームでは、遅いスタートでの勝利は快挙である。

 このすぐ後ろで紹介する「47番スタート優勝はW杯SLでは初めて、マリオ・マット'00キッツビューエル」も凄いことには変わりはない。しかし同じスラロームであっても、'00の頃にはコースは凍ってより硬くなっている。その点では、'72グロス勝利の頃は、スラロームの後半ではひどくコースが荒れていて、はるかに難しかったのではないだろうか。

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47番スタート優勝はW杯SLでは初めて、マリオ・マット'00キッツビューエル

 2000年1月23日、キッツビューエル(AUT)、クラシックレースのハーネンカム・スラローム。マリオ・マットが 2位に0.98秒もの大差を付けて優勝。 47番という遅いスタートでの優勝は、ワールドカップ・スラロームでは初めてのことである。
 Rank Name + Surname Nat 1.Run 2.Run Total Diff.
 1位 Mario Matt AUT 49.99 52.80 1'42.79
 2位 Matjaz Vrhovnik SLO 50.06 53.71 1'43.77 +0.98
 ちなみにこのときの優勝賞金は、約550万円。

◇ 過去には18歳だったピエロ・グロス(ITA)が、1972年12月にマドンナ・ディ・カンピリオ(ITA)、42番スタートから回転での初優勝を上げている。

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60番スタート優勝はW杯SLでは初めて?、マーク・ベルトー'07年1月7日、アーデルボーデン

マーク・ベルトー(BERTHOD Marc (SUI) 1983年11月21日 St.Moritz 生まれ)
 2003年ジュニア世界選手権の回転で優勝。シルバン・ツルブリッゲンの後を追う技術系の新星である。
 2007年1月7日、アーデルボーデン(SUI)のスラロームでゼッケン60番から1本目27位、2本目に26人抜きの大金星。ワールドカップ初優勝を挙げた。
2007年1月7日 開催地:Adelboden (SUI) 男子スラローム第4戦
 順位 Bib 名前 国名 1本目 2本目 合計タイム
 1位 60 BERTHOD Marc SUI 55.14 52.28 1:47.42
 2位 2 RAICH Benjamin AUT 52.43 55.25 1:47.68
 3位 12 MATT Mario AUT 52.72 55.08 1:47.80

2008年1月ワールドカップ アデルボーデン(SUI) 男子GS第5戦 1位ベルトー
World Cup Victories GS1 SL1 TOT 2勝('10終了時点)
Overall World Cup Position
 04/05: 97. 05/06: 71. 06/07: 8. 07/08: 21位. 08/09: 59. 09/10: 60位.

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'10WC怪我人続出 カービングスキーと怪我の危険性  ◇2010.11.06 + 2011.11.04追加

◇  10シーズン前半で、WC第1シード15名中4名が怪我で欠場。出場選手でも、去年の怪我から復帰して、、という例も多いです。フィンランドのチームは、ほぼ壊滅状態とか。FISもルールを含めて、怪我防止に一層力を入れている、とのことです。

 09WC男子回転の年間優勝したジャンバプティスト・グランジェ(仏)は、'10WC大回転第2戦(Beaver Creek - USA 06-12-2009)でひざのじん帯を断裂。1本目ゴール後に少し痛そうにヒザをさすっていた程度で、2本目の欠場に驚いたくらいです。しかし、この後手術し、この'10シーズンは以降欠場。(後で私は知ったのですが、スタートして早くも5、6旗門の辺りでひざのじん帯を断裂をしていたのに、そのまま最後まで滑り続けてゴール。約1分15秒のコース)
 コステリッチはWC開幕戦で怪我をして、ヒザだけで10回目になる手術を。幸い1ヵ月弱で復帰し、すぐに素晴らしい成績を上げている。
 アクセル・ルンド・スビンダルも、2008年、滑降練習の大転倒で、手術し、1年を休んでいます。
 年々、コースの激しい起伏削りや地形直しなどが行われ、高速系レースを見ていても、ほんの3年以前ほどの迫力はありません。
 それでも選手の怪我が多すぎるのが現実で、WCだから次元が違うと人ごととはせずに、いわゆる基礎スキー界も真剣に考える必要があります。


◇2010.11.06追加
 '10/11シーズン開幕戦、WC大回転第1戦(2010年10月24日 ゾルデン)が開幕されましたが、悪天候のため2本目は出来ず、レースは中止になりました。
* このレースで丸2年ぶりにカレ・パランダー(PALANDER Kalle (FIN))が復活。疲労骨折で'09と'10の2冬を休んでいたとは信じられない好調な滑りでしたが、脚はまだ大変に痛いとのこと。
 彼のゴールを拍手で迎えたディディエ・キューシュ(スイス)。そのために自身がゴールしてから、そのまま待っていたのです。その他の選手も、大勢の観客も、パランダーの復活を温かく迎えていました。
[World Cup Standings] Season ALL SL GS
2008  27(367pt)  22(127pt)  9(240pt)
2007  10(546pt)   9(247pt)  4(299pt)
2006   7(801pt)   2(495pt)  5(306pt)
* '09WC男子回転の年間優勝のジャン・バティステ・グランジェ(仏)は、丸1年ぶりの復活。'10WC大回転第2戦(2009年12月 6日 Beaver Creek - USA)で、スタートし早くも5、6旗門の辺りでひざのじん帯を断裂をしていたのに、そのまま最後まで滑り続けてゴール(約1分15秒のコース)。当然、2本目の欠場。この後手術し、この'10シーズンは以降欠場。
* トーマス・ファナララ(Thomas FANARA 仏)は、'09/10大回転第2戦(Beaver Creek - USA 06-12-2009)の2本目、頭からひっくり返る大転倒でネットに激突。彼もその後は休み、ほぼ丸1年ぶりのレース参戦でした。
*  余談ですが、ジャン・バティステ・グランジェ(GRANGE Jean-Baptiste)とトーマス・ファナラ(Thomas FANARA)、二人の偶然の数々。
 同じフランス人、同じレース('10WC大回転第2戦、2009年12月 6日、ビーバークリーク(USA))で負傷し、手術、ほぼ丸1年を休み、同じレース('10/11WC大回転第1戦、2010年10月24日 ゾルデン)で復帰。ここまで一緒とは、2つと無いケースでしょう。
 (なお、いろいろ調べましたが、ファナラの手術については確認はとれていませんが、99.9%間違いないでしょう。佐々木明選手も言っていましたし。)
* その他にピエール・エマニュエル・ダルサン、ジョン・クチェラ、T.J ラニング、サンドラ・ジニ、ニコル・ホスプなども、'10WCアルペン序盤のレース中の怪我での戦線離脱です。それに加え、デニス・カーボンやララ・グッド怪我をしています。
* アクセル・スピンダル(またはスピンダル SVINDAL Aksel NOR)も出場していましたが、彼の場合はこの1年前の1年間がお休みでした。'09のシーズン初めの滑降レースの練習中に、選手生命をたたれるほどの怪我をし、1冬を休み、前'10シーズンから復活。ちなみに08/09FISアルペンスキーワールドカップでは、男子クリスタルトロフィーを獲った名手です。
 このように重傷事故の経験者が、ぞろぞろ滑っていた'11WC大回転第1戦でした。


◇2011.11.04追加
 国際スキー連盟(FIS)はこのほど、2012〜13年シーズンにアルペンの大回転、スーパー大回転、滑降でスキーの規定を改正することを決めた。スピードを落として膝などの身体にかかる負担を減らし、けが防止につなげる意図があるが、選手やメーカーからは「時代の逆戻りだ」と反対の声も出ている。
 スピード超過は、10年ほど前から主流になったカービングスキーの過度のくびれが原因とされる。変わるのはくびれの目安となる「ラディウス(回転半径)」で、大回転では男子は現行の27mから35m、女子は23mから30mになる
 スキー性能に頼った小回りがしづらくなる。  (日経新聞2011.10.01)

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1995年1月14日キッツビューエルとリュック・アルファン、幾つも記録樹立
   初勝利に続けて2連勝、1日に2試合の2連勝、1日に於ける最高の賞金額

◇ ●男子滑降 波乱! 本命不在の大混戦
 1月14日、キッツビューエルで1日に2戦が開催された。1ヶ月も滑降レースが行なわれなかったのはワールドカップ始まって以来の珍事であった。しかも、1日に2戦を開催という情けない姿になった。そしてレースの方も異変が起きた。この2戦ともフランスのリュック・アルファン(ALPHAND Luc)が優勝したのである。アルファンはこれがワールドカップの初優勝であり、かつ1日に2戦の2連勝である。
 ハーネンカム(Hahnenkamm)55回の歴史で、フランス人の優勝は二人しかいない。'61年にギィ・ペリヤが、ワールドカップになってからはジャン・クロード・キリーが'67年に優勝している。
 アルファンの優勝は、それ以来実に28年ぶりの快挙であった。
 今年29歳。ワールドカップ8年目のベテランである。アルファンはこの勝利で約1千万円の賞金を受け取った。1日に2戦の両方を勝ったことにより、これは今季の1日に於ける最高の賞金額である。
 現在は閉鎖サイト ski-and-ski/work/Wcup95/WorldCup95-2.htm Alpine Ski World Cup 1994/95 The Super Battle 名誉と意地を賭けた熱闘 2 (写真家・木村之与さんのski-and-ski)より

 リュック・アルファンは、World Cup - 通算12 勝し(DH/10, SG/2) 、1997シーズンで引退。
 その後、何と2006年パリダカ総合優勝するほどのレーシング・ドライバーに転向している。

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'75ラウバーホルンDH、フランツ・クラマー2位に3秒54の大差で優勝

◇ もう一人の天才スキーヤー、滑降レースの皇帝フランツ・クラマー(KLAMMER Franz AUT)
 ウェンゲンのクラシック「ラウバーホルン」滑降レース。FIS公認コースとしては世界一長い滑降コースで、全長4260m、標高差1012m。
 1975年クラマーは、それまでのカール・シュランツの持つ記録を一気に26秒41も短縮し2分35秒19のコースレコードで優勝。しかも2位のヘルベルト・プランク(ITA)に3秒54という、これまた信じられない大差をつけている。

11-01-1975 Wengen [WEN] - SUI Men's Downhill
 Rank Name + Surname Nat Total Diff.
 1位 Franz Klammer AUT 2'35.19 ----
 2位 Herbert Plank ITA 2'38.73 +3.54
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5秒20とてつもない大差の大記録、'79富良野・女子GSマリーテレーズ・ナディック(SUI)

 '79年3月19日、富良野・女子大回転でマリーテレーズ・ナディック(SUI)は、2位のアンネマリー・モザー・プレル(AUT)に5秒20の大差を付けて勝った。これは破られることのない、とてつもない大記録である。
19-03-1979 Furano [FUR] - JPN  Women's Giant Slalom
 Rank Name + Surname Nat Total Diff.
 1位 Marie Therese Nadig SUI 2'46.03 ----
 2位 Annemarie Proell AUT 2'51.23 +5.20

 マリーテレーズ・ナディック(またはマリー・テレーズ・ナディヒ Marie Therese Nadig SUI)
1954年3月8日 Flums生まれ
※1982年引退
World Cup Ranking
General
 1972/5th, 1973/17th, 1974/6th, 1975/4th, 1976/14th, 1977/6th, 1978/10th, 1979/5th, 1980/3rd, 1981/1st.
Special
 1972 DH/3rd, 1974 DH/2nd, 1975 DH/3rd, 1977 DH/3rd, 1978 DH/3rd, 1979 DH/3rd,GS/4th, 1980 DH/1st,GS/2nd, 1981 DH/1st,GS/2nd.
Olympic Games
 1972 Sapporo DH/1st, GS/1st.
 1976 Innsbruck GS/5th.
 1980 Lake Placid DH/3rd.
World Cup -24勝. (13 DH, 6 GS, 5 K)
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'82ハーネンカムSLステンマルク、2位に3秒16の大差で優勝

 インゲマル・ステンマルク(Ingemar Stenmark、ウェーデン )
 ステンマルクは、'82年ハーネンカムのスラロームで、2位のフィル・メーア(USA)に3秒16の大差で優勝。これはワールドカップ・スラロームにおけるレコードとして、ギネスブックにも載っている。
 2006/2/26第20回トリノ五輪■アルペンスキー男子回転=皆川賢太郎4位。1本目3位で、2本目は28番スタート。50年ぶりメダル獲得なるかと期待を寄せた男子回転だったが、表彰台まで0.03秒届かず。(時速40km/sなら、たったの33cmの距離差)
 こういった世界での3秒16の差は、いかに凄いことかご理解頂けよう。

17-01-1982 Kitzbuehel [KIT] - AUT Men's Slalom
 Rank Name + Surname Nat Total Diff.
 1位 Ingemar Stenmark SWE 1'42.64 ----
 2位 Phil Mahre USA 1'45.80 +3.16
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1秒95の大差、'95SLアルベルト・トンバ


男子回転 トンバのためだけにあった種目
Alberto Tomba(アルベルト・トンバ ITA)
 WorldCup95-1月8日
 男子回転第5戦、1月8日、ガルミッシュ・パルテンキルヘン
 「1本目のコースは氷と新雪が交互にあり難しかった。必ずしも満足した訳ではない。だが2本目については完璧だったと思う」
 2位のマーク・ジラルデリ(LUX)に1秒95の大差を付けての圧勝だった。通算40勝目。ついにピルミン・ツルブリッゲン(SUI)の記録にも並んだ。2位にジラルデリは「今は違う世界から来た男のようだ」と脱帽。

08-01-1995 Garmisch [GAP] - GER Men's Slalom
 Rank Name + Surname Nat Total Diff.
 1位 Alberto Tomba ITA 1'38.67 ---
 2位 Marc Girardelli LUX 1'40.62 +1.95
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20-11-1999 Copper、クリステル最初で最後の優勝。+仏女子SL優勝は6年ぶり

 1999年11月20日コッパー(USA)で開催のワールドカップ女子回転、
◇クリステルは最初で最後の優勝。+フランス女子の回転優勝は6年ぶりのこと
 1位が1/000差も無く同タイムで二人優勝
 しかもその一人であるクリステルは、自身にとって最初で最後の優勝。かつフランス女子の回転優勝は、1993年のパトリシア・ショーベ以来6年ぶりのこと。

20-11-1999 Copper Mnt. [COP] - USA Women's Slalom
 Rank Name + Surname Nat 1.Run 2.Run Total Diff.
 1位 Spela Pretnar SLO 46.12 45.80 1'31.92 ---
 1位 Christel Pascal FRA 45.61 46.31 1'31.92 ---
 3位 Trine Bakke Rognmo NOR 45.47 46.75 1'32.22 +0.30
 4位 Janica Kostelic CRO 46.54 45.79 1'32.33 +0.41

20/11/99 ≫ Copper Mnt. USA ≫ Slalom Christel Pascal FRA と
Spela Pretnar SLOの二人が同タイムで優勝
(珍事である)

クリステル・パスカル・サイオーニ PASCAL, Christelle (FRA)
1973年10月6日 Gap
※2006 引退
99年11月20日、カッパー・マウンテン(USA)の女子回転でシュペラ・プレットナー(SLO)と優勝を分け合って初優勝を上げたのはクリステル・パスカル・サイオーニ。1973年ニース(FRA)生まれの26歳。フランス女子の回転優勝は1993年のパトリシア・ショーベ以来6年ぶり。
World Cup Ranking
Special
2000 SL/2nd, 2002 SL/6th, Gs/35th. 2003 SL/4th. 2004 SL/24th, 2005 SL/15th.
2006 SL/48th.
World Cup - 1 W. (1 SL) 1. SL: Copper Mtn.00,

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転倒し、骨折してゴールし最速タイムのキリー

 この信じ難い事件が起きたのは、まだスキーのワールドカップが誕生する前なので、当然だがWC珍記録にはなっていない。

 1960年、フランスのジュニア代表チームに加わる。当時のジャン・クロード・キリー(Jean-Claude Killy, 1943年8月30日)は、レースでは速かったが、たいていは途中棄権で終わることが多く、1960年代前半は順調とはいえなかった。
 1961年12月、キリーは初めて国際レース(大回転)で勝利を挙げた。このレースは彼の地元ヴァル・ディゼールで開催され、しかもスタート順が39番目というきわめて不利な位置であったため、彼にとっては格別の勝利であった。この時キリーは18歳だった。

 これを見たフランスチームのコーチは、キリーをシャモニーで開催される1962年第17回アルペンスキー世界選手権の大回転に出場させることにした。この若い選手にとって絶好のデビュー戦となるだろうとコーチは考えたのである。ところが、出場選手に選ばれたことを知らなかったキリーは、世界選手権の3週間前、コルチナ・ダンペッツォ(伊)での滑降の大会に出場していた。
 いつものようにコースを大胆に攻めていったキリーは、ゴールまであと200m足らずというところで転倒、すぐ起き上がって片方のスキーだけでゴールし、最速タイムを叩き出したものの、不運にも片足を骨折していた。
 結果、世界選手権は松葉杖をついて観戦することになった。

 キリーが初めて国際舞台のトップに立ったのは、2年後の1964年、20歳の時にオーストリア・ガルミッシュ=パルテンキルヒェンで行なわれたアールベルク・カンダハーレースの大回転での勝利であった。

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◇スタート0.00秒後に失格という珍事、ベルナー・ヒール(ITA)

 06.12.2009 アルペンスキーGiant Slalom2戦 Beaver Creek (USA)
 このBeaver Creek の3連戦で、23歳の若者JANKA Carlo (スイス)が3連勝をした中の1レースでの出来事である。
 GS1本目、ビブ33番の ベルナー・ヒール(HEEL Werner イタリア)がスタートを切った瞬間に、本人もまずいと気づいて滑らずにその場で停止。「何があったんでしょうか」「失格でしょうか」「上に戻って行かないので、失格なのでしょうね」などなど、とTVアナウンサーとゲスト解説者。めったに無いことのようである。

 ちなみにルールではGSのスタートは、【「スタート10秒前に、スターターは選手に「10秒前」と伝える。スタート5秒前から「5,4,3,2,1」とカウントし、それから「Go(ゴー)」のスタート合図を出す。】と決まっている。
 電子音は、公式スタートタイムの10秒前に1回、5秒前から0秒まで1秒ごとに1回(計6回)、さらに5秒後に1回出す。ピッ(10秒前)−(無音)−ピッ(5秒前)−ピッ(4秒前)−ピッ(3秒前)−ピッ(2秒前)−ピッ(1秒前)−ポーン(0秒=公式スタートタイム)−(無音)−ピッ(5秒後)
 選手は、公式スタートタイムの5秒前から5秒後の間の10秒間に、スタートすれば良いことになっている。

 草レースでは、緊張すると”レディ”を意味する10秒前の電子音で出てしまうことがあるようだ。しかし今回はワールドカップの場なので、珍しいことなのである。

 今回のケースは、記録としては「DNS(Did not start・出走無し)」ではなく、「DNF(Did not finish・途中棄権)」扱いであった。
 出走64名、Did not finish 1st run  15名
 その中の1名として、記録されている。
Rank Bib FIS Code Name Year Nation
33 292514 HEEL Werner 1982 ITA

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途中で上り直した6選手?までが、ラップという珍事

 2009年1月27日 男子アルペンスキー FIS W杯 08/09 男子スラローム第7戦 シュラドミング/オーストリア
 シュラドミングが、ワールドカップのレギュラーとなったのは、1997年からと比較的新しい。
 コースはほとんどが急斜面。スタート直後こそ中緩斜面だが、その距離は短く、後はゴールまで長い急斜面が続く。ほぼ平滑な一枚バーンの急斜面が延々と続くのだ。
 そして、フランス人のセッターの立てたセットが難しかった。
1本目のDNF   21名(出走68名?)
2本目のDNF   5名(出走30名)
 Did not finish 2nd run :  の5名は、次のようなトップ選手たちであった。
  TISSOT Stephane (FRA), MISSILLIER Steve (FRA), RAICH Benjamin (AUT), GRANGE Jean-Baptiste (FRA), MATT Mario (AUT)

 この珍事が起きたのは、2本目のレースである。
 第一走者は、途中で旗門不通過をして、上り直してゴール
 第2走者も、途中で旗門不通過をして、上り直してゴール。-7.71?秒でラップ。
 6?人目までは、途中で旗門不通過して、上り直した選手がラップという珍事であった。
 その選手たちの名前は分からなくなってしまったが、以下が1本目タイムの遅い順に並べたもの。この辺りの選手たちが、その事件の登場者であろう。
 順位 Bib 名前 国名 1本目 2本目 合計タイム
 24 26 HOERL Wolfgang AUT 50.46 01:03.5 01:53.9
 22 45 MERMILLOD BLONDIN Thomas FRA 50.44 58.46 01:48.9
 25 61 HOROSHILOV Alexandr RUS 50.42 01:13.2 02:03.6
 23 52 IMBODEN Urs MDA 50.39 59.31 01:49.7
 20 57 OMMINGER Andreas AUT 50.25 50.94 01:41.2
 18 22 DRAGSIC Mitja SLO 50.19 50.84 01:41.0

 ちなみに、「(セットが難しく、いつもトリッキーな滑りをする)ボディ・ミラーは、この2本目はゴール出来ないだろう」というのが、TVアナウンサーとゲスト解説者の計3名の同意見。しかし不思議なこと?に、実際にはボディは2本めも無事にゴールして8位に入った。

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◇100分の1秒差、約11cm差の勝負が続く
 時速36キロ 分速600メートル 秒速10メートル 1/100秒=0.1メートル=10cm

 男子アルペンスキー FIS W杯 08/09 スラローム クラニスカ・ゴラ/スロベニア 2009年03月01日
順位 Bib 名前 国名 1本目 2本目 合計タイム
@2 21 RAZZOLI Giuliano ITA 48.74 -0.15
AAB2 Reinfried Herbst AUT 48.89 -0.01
B4 3 RAICH Benjamin AUT 48.9 -0.01
C1 6 LIZEROUX Julien FRA 48.91 -0.01
D8 12 HIRSCHER Marcel AUT 48.92 -0.34
E9 10 MYHRER Andre SWE 49.26 -0.01
F3 9 NEUREUTHER Felix GER 49.27 0
F6 7 PRANGER Manfred AUT 49.27 0
 1本目、21人が滑り終え段階で、ビブナンバー21のRAZZOLI Giulianoが-0.15秒差でラップを出した。
 2位Reinfried Herbst以降の順位とタイム差は、
 2位と3位RAICH Benjaminとのタイム差0.01秒。
 3位と4位LIZEROUX Julienとのタイム差0.01秒。
 4位と5位HIRSCHER Marcelとのタイムも差0.01秒。すなわちこの段階では0.01秒差で5位まで3名が続き、2位からタイム差は5位でもたったの0.03秒。
 (残念ながら5位と6位MYHRER Andreとのタイム差0.34秒。)
 7位には同タイムでNEUREUTHER FelixとPRANGER Manfredで、これもまた6位とのタイム差0.01秒。
 
 それにして上位7位、同タイムがあるため計8名の内、0.01秒差で続く者が5名である。
 ちなみに1本目、36位ALBRECHT Kilian(BUL)と37位ZURBRIGGEN Silvanとのタイム差も0.01秒。
 100分の1秒(0.01秒)差とは、仮に時速36km/hのスピードで滑っているとすれば、距離にすればたったの10cmの差である。

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◇レースの第一走者と最終走者をつとめて優勝した男、BLARDONE とキューシュ

◇2009-10月25日、ゾルデンGiant Slalom第1戦
Rank Bib Name Year Nation Run 1 Run 2 Total Time FIS Points
1 1 CUCHE Didier 1974 SUI 1:09.89 1:11.56 2:21.45 0.00

 ディディエ・キュシュ(CUCHE Didier SUI)は、1本目を第一走者として滑り、最後まで誰にも破られずにラップ記録。そして2本目は最終ランナーとして滑り、優勝。(2本目は残念ながらラップではなく、3位のタイムではあったが、快挙であるとは変わりない。)
 詳しくはディディエ・キュシュ、(「2009-10月25日、ゾルデンGiant Slalom第1戦」)


◇ 20.12.2009 Alta Badia (ITA) Giant Slalom第4戦
 BLARDONE Massimiliano (イタリア)も、1本目を第一走者として滑り、最後まで誰にも破られずにラップ記録。そして2本目は最終ランナーとして滑り、これもラップ。とうぜん優勝である。
 ちなみに2本目の2位はライヒで1'17.22。ブラドーネは1'17.14で、-0.08秒差。
 マッシミリアーノ・ブラドーネのこの快挙については、すぐ次で詳しく載せてあります。

Rank Bib FIS Code Name Year Nation Run 1 Run 2 Total Time FIS Points
1 1 292000 BLARDONE Massimiliano 1979 ITA 1:18.62 1:17.14 2:35.76 0.00

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◇優勝BLARDONE とAlta Badia (ITA) GSの相性の良さ。20.12.2009はイタリアの日

 20.12.2009 Alta Badia (アルタバディア・ITA) Giant Slalom第4戦。いろいろ面白いことの起きたレースであった。
◇おもしろいこと・その1
 マッシミリアーノ・ブラドーネ(BLARDONE Massimiliano ・イタリア)は、1本目を第一走者として滑り、最後まで誰にも破られずにラップ記録。そして2本目は最終ランナーとして滑り、これもラップ。とうぜん優勝である。
 ちなみにディディエ・キュシュも、同様の記録を打ち立てている(「2009-10月25日、ゾルデンGiant Slalom第1戦」)。

Rank Bib FIS Code Name Year Nation Run 1 Run 2 Total Time
1 1 292000 BLARDONE Massimiliano 1979 ITA 1:18.62 1:17.14 2:35.76
2 10 292120 SIMONCELLI Davide 1979 ITA 1:18.72 1:17.47 2:36.19
3 15 191423 RICHARD Cyprien 1979 FRA 1:19.32 1:18.07 2:37.39
4 5 50625 RAICH Benjamin 1978 AUT 1:20.24 1:17.22 2:37.46
5 8 292491 MOELGG Manfred 1982 ITA 1:18.89 1:18.83 2:37.72
6 18 290693 PLONER Alexander 1978 ITA 1:19.86 1:17.87 2:37.73
◇おもしろいこと・その2
 まるでイタリアの日。このレースでは、最終順位6位までの内、4名がイタリア人。1位ブラドーネ、2位シモンチェリ、5位メルグ、6位プロナである。
 この前日(19-12-2009)に開催されたMen's Downhill では、壊滅状態だったイタリア勢。優勝はカナダのManuel Osborne-Paradis、30位以内に入ったイタリア人は
28 Dominik Paris  ITA  2'03.29   +2.02
 たった一人だけ。
 ところが、一夜明けたこの日のGiant Slalomでは大違い。1本目で見れば、3位にメルグがいて、1 2 3位がイタリア勢。柔らかく優雅な動きをして、他国とは違う素晴らしい滑りだった。

◇おもしろいこと・その3
 68名の選手が出走中、唯一の失格者はビブ 26番のJITLOFF Tim(ティム・ジトロフ USA)。
 1本目順調に滑っていたが、ゴールの7mほど手前の最後の青旗門に内スキーのトップを引っかけ、転倒したまま勢いでゴール。残念ながら片反(片足スキー不通過の反則)で失格。
 その時点でのタイムは1:20:11で、ラップに遅れること1.49秒、9位。
 ゴール2、3旗門手前で、横にきっく振ってあるなどの場合は、バランスを崩したり、引っかけたりするような光景はたまにある。しかし、このレースのゴール前では左右への振りも少なく、素直で優しいゴールへの道である。その証拠に、このゴール寸前では、誰も旗門を引っかけたり、バランスを崩したりということは、無かったはずである。
 TVアナウンサーも解説者も、同時に「どうしたのでしょう?」、「何故?」と叫んでいたことからも、不思議事件であったことか分かる。
◇おもしろいこと・その4
◇ワン・ツー・フィニッシュのマッシミリアーノ・ブラドーネとダビデ・シモンチェリ(SIMONCELLI Davide)。この同じ二人のイタリア人が、4年前もこのスキー場のこのレースで、まったく同じ順位でワン・ツー・フィニッシュをしていた。
 05-06 男子ジャイアントスラローム第3戦 2005年12月18日 Alta Badia (ITA)
順位 No. 名前 国名 1本目 2本目 合計タイム
1 7 BLARDONE Massimiliano ITA 1:12.20 1:14.94 2:27.14
2 9 SIMONCELLI Davide ITA 1:12.08 1:15.26 2:27.34
 同じく優勝はBLARDONE、2位はSIMONCELLI。まったく同じイタリア人二人によるワン・ツー・フィニッシュ。09-01 Alta Badia (ITA) Giant Slalom第4戦と同じ順位である。
◇おもしろいこと・その5
 この'10シーズンの全レース中でイタリア人が優勝したのは2試合のみ。女子では無し。
 そのもう1試合が 06-01-2010 ザグレブZagreb [ZAG] - CRO Men's Slalom
1位 Giuliano Razzoli ITA 51.12 58.88 1'50.00
2位 Manfred Moelgg ITA 51.47 58.76 1'50.23 +0.23
 選手は異なるが、同じく 1位、2位がイタリア人という偶然があった。

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◇40年前のもっとイタリアの日、イタリア人で1 2 3フィニッシュ。19-12-1976 Campiglio [MAD] - ITA  男子SL

 トエニー、グロス、ラディチのイタリア人で1 2 3フィニッシュを決めたレースがあった。昔から層の厚いオーストリならきっと経験していることだろうし、フランスでもあったかも知れない記録だ。しかし、イタリアでとなると、これは凄いが付く快挙である。
 しかしこれが、いつ、どこで、だったのかが思い出せないでいた。私がWCを実際に見た年度も少なく、レース数もひじょうに少ないのに、詳しく思い出せずに気持ちの悪い思いを長年していた。
 20.12.2009のイタリアの日(イタリア人による1位、2位)の原稿を書いていて、数十年前の、私の若き日にあったイタリアの日を調べることにした。
 種目はスラロームに間違いなし。場所は、イタリアの山村で、もしかしたらマドンナ・ディ・カンピリオのような気もする。年度は、私がイタリア国家検定スキー教師の検定合宿に招待されのが1976.11で、そのあと受験仲間のイタリア人に連れて行った貰ったときかも知れない。
 いろいろ考えて、このように記憶が蘇ってきたが、ほぼピタリであった。

19-12-1976 Campiglio [MAD] - ITA  Men's Slalom
Rank Name + Surname Nat 1.Run 2.Run Total Diff. 
1 Fausto Radici ITA     1'48.11     
2 Piero Gros ITA     1'48.15  +0.04  
3 Gustav Thoeni ITA     1'48.53  +0.42  
7 Franco Bieler ITA     1'50.11  +2.00  
 順位のみは私の記憶と反対で、優勝がファウスト・ラディチ(Fausto Radici)、2位ピエロ・グロス(Piero Gros)、3位グスタボ・トエニ(Gustav Thoeni)であった。7位にもイタリア人のFranco Bieler。マドンナ・ディ・カンピリオに響き渡るイタリア人観客の大歓声は、40年近く過ぎた今でも覚えている。

◇ファウスト・ラディチ(Fausto Radici)
 ちなみにラディチは片眼のレーサーで、それでいてスラロームのスペシャリストであったことが凄い。大柄なグロス180cmと比べると、ラディチ170cmはかなり小柄であった。体格の差の性で小柄な日本人は勝てない、とも言われていた時代である。
 '76年にガルミッシュ(GER)でも優勝し、'78年に引退した。そして2002年4月13日、ベッドで、頭部に銃弾を受けて死亡しているのが発見された。49歳だった。

 碧眼のレーサー・ラディチについては、
 現在は閉鎖サイト ski-and-ski/work/Biography/Bio-M_Radici.htm RADICI Fausto (ITA) (写真家・木村之与さんのski-and-ski)をどうぞ。

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◇2009-10ゾルデンGS第1戦、キュシュの優勝と1〜5位が、

 2009-10月25日、ゾルデンGiant Slalom第1戦。いろいろ面白いことの起きたレースであった。
Rank Bib Name Year Nation Run 1 Run 2 Total Time FIS Points
1 1 CUCHE Didier 1974 SUI 1:09.89 1:11.56 2:21.45 0.00
2 3 LIGETY Ted 1984 USA 1:10.25 1:11.80 2:22.05 3.73
3 7 JANKA Carlo 1986 SUI 1:10.40 1:12.00 2:22.40 5.91
4 4 BLARDONE Massimiliano 1979 ITA 1:10.48 1:11.93 2:22.41 5.97
5 2 RAICH Benjamin 1978 AUT 1:10.64 1:12.26 2:22.90 9.02

◇おもしろいこと・その1
 ディディエ・キュシュ(CUCHE Didier SUI)は、1本目を第一走者として滑り、最後まで誰にも破られずにラップ記録。そして2本目は最終ランナーとして滑り、優勝。(2本目は残念ながらラップではなく、3位のタイムではあったが、快挙であるとは変わりない。)
 ちなみにマッシミリアーノ・ブラドーネも、同様の記録を打ち立てている(「20.12.2009 アルタバディア (ITA) Giant Slalom第4戦」)。
◇おもしろいこと・その2
◇1〜5位は1本目の順位が変わらず、そのまま最終順位に。
 1本目の順位は、1位CUCHE Didier、LIGETY Ted、JANKA Carlo、BLARDONE Massimiliano、5位RAICH Benjamin。しかも最終順位は、2本目が終わってもこのまま同じ。
◇おもしろいこと・その3
◇ビブナンバーの5番までの内4名が、5以内入賞
 最終順位の3位JANKA Carloのビブナンバーが7番。それ以外の5以内入賞者のビブナンバーが1〜4番。
 ビブナンバーの5番までの内4名が、5以内入賞。3位JANKA Carloのビブナンバーが7番のみがその例外。


 ちなみに、20.12.2009 Alta Badia (ITA) Giant Slalom第4戦
 BLARDONE Massimiliano (イタリア)も、1本目を第一走者として滑り、最後まで誰にも破られずにラップ記録。そして2本目は最終ランナーとして滑り、これもラップ。とうぜん優勝である。
Bib Name Year Nation Run 1 Run 2 Total Time FIS Points
1   BLARDONE Massimiliano 1979 ITA 1:18.62 1:17.14 2:35.76 0.00

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このページの新設日 : 1999/07/25.
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